限界を極めた言葉

自分はボクシング観戦が好きだ。勿論、生ではなくテレビでの話だが。昨日はボクシング世界戦4試合が行われた。唯一負けたのが村田諒太。ロンドン五輪の金メダリストで世界戦は初挑戦。ロンドン五輪後の村田の精進具合は幾度となくテレビ放送されていて、アマからプロへと変身していく過程に感動を覚えたものだ。だから、村田なら間違いなく世界チャンピオンになると思っていた。だが、試合当日の昨日、自分は楽しみにしていた村田の世界対戦を観ることが出来なかった。昼間にテニスを楽しみ、夕方からアルコールを味わい、いつものパターンで眠くなり、試合前には寝入ってしまったからだ。そして今朝、村田の敗戦を知った。村田はエンダム選手に1-2の判定で敗れたとのこと。終始村田が圧力を掛け、エンダムはダウンを奪われながらも数多くのジャブを繰り出したとのこと。判定が不可解だ。9~12回の採点は、ジャッジによって真逆に反転している。同じシーンを観ていて、優劣の判断が真逆になったということだ。WBA会長は、村田有利と見てジャッジにクレームを付け、再戦を要求した。珍しいことだ。昔は、地元の選手を依怙贔屓するジャッジが当たり前だった。そしてそのため揉めたものだ。でも、今回は違う。日本で行われた世界戦で、実質有利と思われた日本選手が敗れたのだから。それだけジャッジが公正になったのか、あるいは見る目が無くなったのかは分からない。村田は試合終了後に「では、もう一度というものではない」と言っている。限界を極めた人物の重みのある言葉に聞こえてきた。