シェアハウスの大2病患者

シェアハウスシリーズの第3話を書きました。大2病とは、大学2年生頃に罹る人がいる病です。

大人になる前に無理に背伸びして大人ぶります。軽症だと「感じの悪い嫌な奴」で済みますが、重症になるとサブカルチャーにハマるオタクになってしまいます。

 

「シェアハウスの大2病患者」

 

A子は心理学春季集中講座の単位を無事取得し大学生活にも慣れ自信も出てきた。2年生だから就職のプレッシャーもない。心の余裕からなのか最近美術館とスタバ通いが好きになり日課になりつつある。

シェアハウスでA子とU子とK子とY君が取り留めもない話をしている。「子供のK子ちゃんには分からないわよ」とA子が大人びたことを言う。K子はA子と1歳しか違わないが、容姿がボーイッシュで小さくて中学生みたいに見えるので、A子は自分が遥かに大人で何でも知っていると思い違いをしているようだ。「このところ美術館にハマっちゃってさ、先週は○○美術館そして昨日は△△美術館に行ってきたの。私ね、やっぱり印象派が好き、綺麗だもの」とA子が言う。Y君はビックリした様子で「A子さんとは丸1年の共同生活になるけど絵画の趣味があるなんて初耳だ。印象派って、本当に絵が分かるの?印象派に影響を与えた日本人は誰かなんて知っている?」と聞いた。A子は「うっうん、それも大切だけど綺麗さが飛び抜けているのが素敵と言うことよ」と難しい話題は避けた。A子はにわか美術愛好家だから実際のところ背景などは皆目分からないし興味もない。絵画を観ても何が良いのか分からない。ただ、子供の頃によく見かけた絵画がモネやルノアールで、最近それが印象派であることを知ったに過ぎない。美術館に行ったという事実をシェアハウスの仲間に伝えることが、違いの分かる女だと見せられるという思い込みによる言動だった。Yは昔を思い出したような目付きで「A子さんを見ていると中2病を思い出すよ」「中2病って何のこと?」「思春期に自分が大人になりつつあると思って、幼児が背伸びするようなものさ」「私は中学2年生じゃないもの。歴とした大学2年生、もう子供じゃないわよ」

昨秋A子が初めて入ったスターバックスで、ドギマギしながらやっと注文を終えカプチーノを手にして席に着いた時、隅の壁際で一人静かに本を読み時々思いを巡らしているような素振りをしている女性を偶々見た。まるでオーラというバリアで守られたような姿をA子は素敵だと感じた。自分もあの人のようになりたいと思った。それがきっかけとなり講義をサボってA子のスタバ通いが始まった。意識するのはあの女性のスタイルだ。読む本は村上春樹に決めた。村上春樹にハマっている訳ではない。スタバで静かに本を読む自分には、村上春樹が合っているに違いないと固く信じ込んでいるのだ。

正直に言うとA子はコーヒーを飲むのはあまり好きではない。コーヒーの香りが好きなのだ。コーヒーの香りと店内の適度な雑音が心地よく、何回か通う内に此処こそが気持ちを集中できる場所であることを発見した。勉強はスタバでするのが日課になった。シェアハウスの自室はもっと静かで勉強するには最適だと思っていたが、他室や居間の話し声や物音がやけに気になり落ち着かない。講義をサボって通い始めたスタバが勉強場所になろうとは何とも皮肉な話だ。

A子とU子は同じ大学に通うが学部は違う。いつも一緒によく遊ぶが勉強する時は別々になる。U子もシェアハウスでは気が散ると言う。U子はファミレス派だ。ファミレスの方がスタバよりテーブルが大きい。資料を並べるには便利だ。如何にも合理的なU子には合っている。

A子はY君に言われた中2病が気になった。中2病があるなら大2病もあるかもしれないと思い、インターネットで調べてみた。どうやら大2病とは、大人になれない大学2年生が無理に背伸びをして大人の人格を装う病らしい。人から嫌われる典型とも書いてある。具体例として、心理学の生カジリだが分かったような口をきく、高校生を若いと蔑む、スタバ信者になり片手にカプチーノ、講義をサボったことを自慢する、村上春樹や森見登美彦にハマる、やたら美術館に行きたがる等々。これって私そのものってことよねとA子は思った。大人に見られたくて、人から好かれたくて背伸びをしていたのに。しかも大2病に罹ると鼻持ちのならない嫌われ者になり、男の人が腰を引いてしまうなんて。A子は全く見当違いの方向に進んでいる自分を発見した。同時にA子は極めて初期に大2病であることを気付いたことに安堵した。さあ明日からは大2病とは決裂するぞと決心した。一人住まいしていれば大2病の土壺に嵌まっていただろう。シェアハウスにして良かったとも思った。中2病を教えてくれたY君に感謝をこめてワインを贈ることにした。