2016年10月

ハロウィン vs なまはげ

今日10月31日はハロウィンの日。日本は異文化を取り入れ同化させる天才だ。クリスマス、バレンタインに続きハロウィンも日本の子供と若者にすっかり定着してきた。ハロウィンと言えば、お化けカボチャ、魔女の帽子、ゾンビが定番だが、生憎その意味合いは全く知らない。そこで調べてみた。元々はケルト人の年末の行事とのこと。ケルト人の1年の終わりは10月31日で、この日に夏が終わり明日から冬が始まる。年の終わりに死者の霊が家族を訪ねて来ると信じられていたが、同時に悪い精霊や魔女も出て来るため、身を守るために仮面を被り魔除けの焚き火を焚いていた。お化けカボチャは魔女たちを怖がらせる道具だったようだ。ケルト人の国はアイルランド。だから英語圏ではハロウィン祭りが盛んだが、その他の外国語圏では殆んど行われていないとのこと。日本は英会話が通じない英語圏と言えそうだ。そんな日本にもハロウィン的な行事がある。秋田の「なまはげ」だ。「なまはげ」は大晦日の行事。鬼や妖怪が、怠惰や不和などの悪事を諌め、災いを祓いにやってくる。見た目は似ているが、意味合いは全く違うところが面白い。ハロウィンよりも「なまはげ」の方が、家族にとって有り難いものに思えるが流行らない。モロゾフなどの菓子メーカーの知恵が勝っているということかもしれない。

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コンテナ船事業の行方

日本郵船、商船三井、川崎汽船の海運大手3社がコンテナ船事業を統合すると発表した。だが3社合わせても世界6位でシェアは僅かの7%。国内では大手3社が主力の事業を統合するから歴史的転換点だと騒いでいるが、世界的な影響は殆んどなさそうだ。数か月前には韓国の海運最大手が経営破綻し話題になった。コンテナ船事業は設備過剰と需要不足の大波に洗われている。世界貿易量が減少している。製造業の地産地消が進んでいるし、お得意さんの新興国の経済が低迷中。しかも、保護主義の傾向が強まり各国で貿易制限措置が乱発されている。更に米国大統領選では両候補ともTPPには反対だ。当分は世界貿易量の増加は見込めない。果たして、その答えが大手3社の統合になるのだろうか。小手先では解決しない。正解は別の所にあるように思えるのだが。

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クラス会の面白さ

恒例の高校クラス会に行ってきた。毎年10月の最終土曜日に開催することになっている。会長と幹事は固定している。我が家のカミサンと自分は、開催案内と出欠確認と会計に徹している。全員今年度で70歳になる。昔に較べれば相当老けてはいるが、毎年会うので老いは感じない。でも、話題は毎年変遷していく。数年前は健康年齢とか年金の話が中心だった。ところが、今年は年老いた親の看護の苦労話とか自身のガン治療後の予後生活の話とか、切羽詰まる話題になってきた。勿論、元気な老人もいる。息子と組んでテニス大会で優勝したと自慢する人や、能を習いその声量をお披露目する人もいる。未だにタバコとの縁が切れずに電子タバコで紛らす人や、迷惑だからと我慢する人もいる。50数年前の当時のイメージと対比してみると面白い。健康そうに見えていた人が大病を患っていたり、さほどリーダーシップがあるとは思えなかった人が上場一部の会社の社長になっている。作家もいれば大学教授もいる。人生とは分からないものだ。だから面白い。昔を思い出しながら、まるでスポーツのLIVE中継を見ているような気持ちになった。

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核禁止検討の賛否

国連の軍縮委員会が、核兵器を法的に禁止する条約の制定交渉を来年から開始する決議案を賛成多数で採択した。核兵器禁止条約を決議したのではなく、禁止条約を検討することを決議しただけだが。賛成は123ヶ国、反対は38ヶ国、棄権が16ヶ国。核保有国が反対票を投じたことは理解は出来る。特権そのものだから。でも、理解に苦しむ賛否が3件あった。核保有国の中国が棄権したこと。核開発に邁進する北朝鮮が反対票を入れたこと。そして、最大の不可解な投票は、唯一の被爆国である日本が反対票を投じたことだ。従来から日本は禁止条約に反対している。理由は、米国の核の傘に守られていると信じているからだろう。でも、会議ではそうは言わない。反対票を投じた大使は「核軍縮は核保有国と非保有国の総意の下で進めるべきだと主張してきたが、意思決定のあり方に反映されなかった」と訳の解らない反対理由を述べている。言い方を変えると「少数意見の禁止条約反対派の主張が通らないので、反対する」ということになる。更に言いかえると「民主的な多数決は間違っているので反対する」ということになる。さて、日本は核禁止そのものに賛成しているのだろうか、反対しているのだろうか。理解不能。

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京都の路地裏巡りプラス

幸神社を出て相国寺に向かった。宗旦稲荷で手を合わせ、相国寺内を拝観した。秀頼が再建したという大きな法堂の天井には八方睨みの鳴き龍が描かれている。真下で手を叩くと龍が鳴くと言う。自分の手打ちはそれ程ではなかったが、カミサンの手打ちの迫力に圧倒されたのか、龍の鳴き声が大きく響いた事に驚いた。方丈にはカラーで描かれた観音菩薩像が飾ってある。良く見ると絵柄は全て法華経の経文によって描かれた文字絵なのだ。昔の人の画才とセンスに感心した。今日は夏のように暑かった。Tシャツ姿ではあったが汗が噴き出してきた。少し日陰が欲しくて京都御苑の松林の中を歩くことにした。歩き始めると京都御所の清所門辺りに人だかりがある。近づくと申し込み不要で入場可能だという。チェックは軽い手荷物検査のみで入門証が渡された。ラッキーと思いながら、生まれて初めて御所を見学した。テレビでしか見たことのない紫宸殿が目の前にある。清涼殿も小御所も御池庭も間近で見ることが出来る。蹴鞠の庭では、昔の貴人たちの鞠を蹴る姿を想像してみた。貴重な体験だった。後で調べてみると、京都御所は今年の7月から一般公開されているとのこと。知らなかった。京都の路地裏巡りに京都御所見学というオマケが付いた楽しく貴重な京都の旅であった。

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京都の路地裏巡り

京都は良く行く所だ。定番の観光地は避け、穴場巡りをすることにした。副題に「生粋の京都人が教えるひそかな愉しみ」と付いた「京都の路地裏:柏井壽:幻冬舎新書」が面白い。参考になる。ひっそりと佇む神社仏閣やそこでしか買えない名店や路地裏細道の美味しい店の幾つかを巡ることにした。寺は阿弥陀寺。門前に「織田信長公本廟」の石碑が建っている。織田信長とその子信忠の墓の横には、信長に殉じた蘭丸、力丸、坊丸や家来の墓が並び建っている。信長の遺体は見つかっていないが、如何にもこここそが真の御廟だと思わせる寺だ。その近くには幸神社(さいのかみのやしろ)がある。気付かず通り過ぎてしまうほど小さな社だ。出雲阿国が巫女をしていたという伝説があり歌舞伎の発祥とも関わっている。また京都御所の鬼門除けとして重要な役割を担っている。極めて簡素でひっそりとはしているが、奥深い歴史を持っている。そのギャップが歴史を肌で感じさせてくれる。その近くには、そこでしか買えない漬物の店野呂本店がある。名物の青てっぽうと幾つかの漬物を買った。帰宅後食するのが楽しみだ。和の文具店「裏具」を探した。地図を見てもなかなか見つからない。やっと小さな看板を見つけ、迷路のような細い軒下を進んでいく先にあった。センスの良い文具店で、まさに京都の裏路地を実感させてくれた。夕食は「燕」。京都駅八条東口近くの小路にある小さな和食店。出て来る料理の全てが絶品だった。京都に行く時は必ず寄るべき店になった。この本のお蔭で、京都巡りが増々面白くなってきた。

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犬山の有楽苑

昨年から宿の手配をしても都合が悪くなり行くことの出来なかった犬山行きが、3度目の正直でやっと実現した。犬山城は天守が国宝に指定された5城の一つ。現存する最古の城と言われている。城は小ぶりだが、修理や保全に相当手間がかかりそうな状況だ。10年ほど前に成瀬氏が個人保有を断念し財団法人化した理由が良く分かる。隣接地に名鉄犬山ホテルが所有する有楽苑がある。国宝茶室如庵で有名だ。有楽苑には3つの茶室がある。如庵は織田信長の実弟有楽斉により建仁寺に建造され、最終的には大磯の三井別邸から移設され現在の地に至っている。元庵は有楽斉が天満に構えた茶室を古い設計図をもとに復元したもの。茶を点てる亭主の後ろに床の間があり亭主床と呼ばれているようだ。躙り口もあるが、殿様用の大きな入口もある。いかにも殿様レベルの亭主と正客が使っていたことを彷彿とさせる構えになっていて興味深かった。現代の建築家が設計した弘庵で薄茶を戴いた。東京の有楽町とは、有楽斉が住んでいたことから名付けられたという。有楽町には勤めていた会社の本社があり5年間も通った場所だ。また如庵は、長年自分が住んでいた平塚の隣町である大磯から移築されたという。茶道も数年間にわたり義母から習って一通りの点前は出来る。何か有楽苑を訪れたのが必然のように思えてきた。

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どこでもドア

先日もまた目の不自由な人が駅のホームから転落する事故があった。早急に安全柵を設ける必要があるが、設置スペースが取れないとか、車両によってドアの位置が違うとかの問題があり、なかなか安全対策が進まないのが現状だ。ところが、京急と三菱重工が「どこでもドア」を開発したとのこと。京急には、都営地下鉄、京成の車両もが乗り入れ、走っている車両の種類は15種類にもなる。「どこでもドア」は2ドア、3ドア、4ドアに対応出来るとのこと。その上、車両にホームドアと連動させる装置を設置する必要が無く、ホームドア側がドア位置を検知し開閉する仕組みになっているという優れもの。正式名称は「マルチドア対応ホームドア」というのだそうだが「どこでもドア」の呼称がなんとも素晴らしい。まるでドラえもんの世界にいるようだ。是非とも技術を早急に完成させ、全国の各駅に設置し安全を向上させてほしいものだと思う。

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他山の石と自山の石

原発再稼働反対の知事が2人誕生した。鹿児島県と新潟県。まさに民意は脱原発という見えないうねりが出ている。小泉元首相は安倍首相に対し「何故分からないのか」と詰め寄った。野党が脱原発を旗印にすれば、与党は選挙に負けると諭すが安倍は聴く耳を持たない。まさに日本の原発に対する構図が鮮明に描かれている。日本政府は原発再稼働にまっしぐらだけでなく、発送電分離の話も既に立ち消えになってしまった。今後もこのような綱引きが繰り返されていくのだろうか。ところが、お隣の台湾は違う。蔡英文政権が発足し、2025年に原発ゼロにすることを決めた。電源構成を再生エネルギーにシフトし、発送電分離も行う計画だという。日本より遥かに進んでいる。理由は日本の3.11。東日本大震災の悲惨さを見て、脱原発に世論が高まった。台湾は日本と同様に地震が多いのだから当然と言えば当然だ。だが、その当然が日本では当然にはならない。日本とは極めて不思議な国だと思う。台湾は、日本の大震災を「他山の石」としたが、いつになったら日本は「自山の石」と思えるようになるのだろうか。

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ボブ・ディラン vs 選考委員会

目出度く(?)ノーベル賞受賞が決まったボブ・ディランが、未だにウンともスンとも言わず雲隠れしている。選考委員会が連日連絡を試みたが梨の礫。とうとう選考委員会が痺れを切らした。委員会の一員がボブ・ディランをテレビ番組で「無礼で傲慢だ」と非難した。ボブ・ディランは、伝統や制度など既存の価値観にとらわれない生き方を追求する「ヒッピー文化」を先駆けた人物だ。歌詞がノーベル文学賞に値しようが、信条は反体制派。権威を重視するノーベル賞など、元々クソ喰らえと思っているに違いない。そう考えると、ボブ・ディランが無視続けている状況が良く分かる。もっと強く表現すれば「ノーベル賞辞退」だが、そうはせず無視しているのはボブ・ディランの思いやりかもしれない。選考委員会は、選考時にボブ・ディランの信条を理解していたはずだ。上から目線の権威でボブ・ディランの信条をねじ伏せられるとでも思っていたのだろうか。「無礼で傲慢だ」という言葉が、それを証明している。だが傲慢であるのはノーベル賞選考委員会の方と言える。「去る者は追わず」程度の許容さで、辞退者を許容していればノーベル賞の権威も維持出来たと思う。だが、辞退者を非難するのであれば既に権威は地に落ちたと見るべきだろう。ノーベル賞の価値を選考委員会自身が貶めているように思う。

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国交相笑い話二題

日経の政治欄に笑い話が載っていた。石井国交相が閣議後の記者会見で、三菱自動車の新体制について「カルロス・ゴーン氏が会長としてリーダーシップを発揮し、一連の燃費不正行為を踏まえた再発防止策に全力を挙げることを強く期待している」と述べ、更に益子社長については「一連の燃費不正行為の責任は大きい」とし、ゴーン氏を支えるよう促したとのこと。この発言には笑い話となる2つのネタがある。1つはリーダーシップ力のない石井国交相が、強力なリーダーシップ力を誰もが認めるゴーン氏に、リーダーシップ力の発揮を上から目線で期待した事。これを「釈迦に説法」と言う。もう1つは長年の不正体質を醸成した張本人である益子社長の留任を認めただけでなく、ゴーン氏を支えるよう促した事。三菱は民間企業とはいえ退任を促すべき立場にいる。まるで、ゴーン氏に不正行為を授けろとも聞こえる。これは「朱に交われば赤くなる」とも取れる発言だ。無知無力な大臣ゆえの笑い話と言えそうだ。

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動物愛護と食材との境

スペイン憲法裁判所がカタルーニャ州の闘牛禁止令を憲法違反だとする判決を下した。スペインと言えば、数百年も続いている闘牛や牛追いが有名だ。でも闘牛をめぐる政治的対応は分かれている。ある調査によると、成人の2割が存続に賛成で6割が反対とのこと。カタルーニャ州では動物愛護団体の運動をきっかけに、2011年に闘牛禁止令が可決され2012年に発効した。それに対し憲法裁は「闘牛はスペイン全体の文化遺産であり、地方政府に禁止する権限はない。中央政府の権限に抵触しているから憲法違反」と断じた。しかし、その判決を受け、カタルーニャ州の大臣は「憲法裁が何と言おうとカタルーニャ州では闘牛は行わない」と息巻いているという。闘牛は見ていて残酷だから止めるべきという気持ちは良く分かる。でも動物愛護団体の主張は良く理解出来ないところが多い。闘牛場と屠殺場の違いは何なのだろうか。何故牛肉を食べるために牛を殺せるのだろうか。更に、豚、羊、鳥、鯨等々、動物愛護と食材の境界はあるのだろうか、無いのだろうか。残酷という行為は、見える所に存在し、見えない所には存在しないのだろうか。疑問は尽きない。ただ現在の闘牛は止めた方が良い。文化遺産は、張り子の牛に替えて形だけを存続させるべきだと思うのだが。

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情けない新聞協会賞

優れた報道に贈られる今年度の新聞協会賞の授賞式が行われた。受賞作は「天皇陛下の生前退位のスクープ」「熊本地震の奇跡の救出」「鬼怒川決壊濁流からの救出」「東日本大震災5年」「中国新聞SELECTの創刊」の5件。生前退位意向のスクープ、東日本大震災5年後の検証、中国新聞の夕刊離れ対策などの受賞は納得出来るが、熊本地震と鬼怒川決壊からの救出は受賞に値するのだろうか。熊本地震で倒壊した家屋から赤ちゃんを救出する様子を撮影したり、娘の遺体を確認して泣き崩れる両親の悲痛な姿を捉えたことが、多くの人に衝撃を与えるとともに熊本地震の実態を伝えたと高い評価を得たという。熊本地震の時、報道関係者が無遠慮に被災者を撮りまくり、被災者たちから「帰れ」コールを受けたニュースを思い出す。記者が倒壊現場には目もくれず千載一遇のチャンスと、必死に人命救出現場を探す様子も放送された。欧米では災害時に報道機関が揃って殺到することはない。状況の報道は1社に任せ、他社はそれを放送する取り決めがあるようだ。勿論、災害現場の救出活動を邪魔しないためであるし、被災者の心情も考慮しているからだ。それに較べ日本の報道は情けない限りだ。救出活動の邪魔はするは被災者の心情などお構いない。挙げ句の果て、救出活動の邪魔をして、被災者の心情を傷つけた報道関係者たちを表彰する始末。何とも情けない新聞協会賞だと思う。

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UNIQUEからUNIへ

GUがユニクロ顔負けの急成長をしている。GUは安売り専門でユニクロの兄弟会社だ。一方、安売りのユニクロが調子に乗って高級路線に鞍替えしたが、客足が激減し、その後何をしても客足が戻らず閑古鳥が鳴いている。リーマンショック以降破竹の勢いだったユニクロの利益は前年に較べ半減してしまった。ZARAやH&Mを追うどころか離される一方だ。ユニクロの売りは、安い割に品質が良いことだった。安い部分をGUに分離し、品質だけで勝負するには無理がある。中級であれば、国民服的なユニクロよりも気の利いた店はごまんとある。誰も高いユニクロなどに行くはずがない。経営戦略の大失敗と言えるだろう。ユニクロという店名の由来がユニークだ。UNIQUE CLOTHING WAREHOUSEを開店したのが始まり。だが会社登記の書類にUNI-CLOと書くところを書き間違えてUNI-QLOと記入してしまった。それがそのままUNI-QLOという商標になったとのこと。ユニクロは、今ではUNIQUE(独特な)ではなくUNI(単一の)に変質してしまったが、略号UNI-QLOのUNIは変わらないところが面白い。果たして柳井会長はUNIQUEからUNIへの変化を見越していたのだろうか。

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高が液体ミルクに

菅官房長官が記者会見で「乳児用液体ミルク」製造販売の解禁を検討する考えを明らかにした。大仰に、政府の男女共同参画会議で検討するという。何か変だ。「乳児用液体ミルク」は欧米では広く普及している商品だ。液体ミルクは、災害時だけでなく、外出時や赤ちゃんを預けた時や夜中の授乳やイクメンにとっても、是非あってほしい商品で、要望は強い。先の熊本地震では、フィンランドから救援物質として配布され極めて重宝がられたという。何故日本では禁止されているのだろう。何故厚労相ではなく官房長官が記者会見するのだろう。専門会議にかけるほどの議題なのだろうか、と次々に疑問が湧いてきた。そこで調べてみた。厚労省は省令で液体ミルクの存在を認めていない。だが禁じている訳ではないと言う。一方大手乳業メーカーは厚労省の規格が無いので製造販売が出来ないと言う。どうやら国内で液体ミルクが製造販売されない理由は2つありそうだ。1つは厚労省の怠慢。阪神・淡路大震災時も国内販売の要望が強かったが20年間もほったらかしにした。もう1つはコスト。液体ミルクは粉ミルクに較べ製造原価が2倍で物流コストも入れると3倍になる。乳業メーカーは作っても売れないと思っているから、省令だ安全性だと屁理屈をつけて作らない。欧米では乳幼児の食品に対する国民意識が高く、液体ミルクの製造に国家予算を投じている国も多いという。結局政府は少子化対策と口では言いながら、その意識は極めて低く具体策に踏み込めない。液体ミルクの解禁は、決して官房長官の仕事ではなく、厚労省局長レベルの判断で済むはずなのだが。

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原子炉、桜島、ピラミッド、埋蔵金

ミュー粒子が大活躍だ。福島原発原子炉内部の核燃料溶け落ちを実測し、桜島内部のマグマ溜りの位置を特定し、今度はエジプトのギザの大ピラミッド内に2つの空洞と通路があることを発見した。謎の多いピラミッドの構造解析が増々進みそうだ。ミュー粒子は、厚さ数キロの岩盤を突き抜けるほど、物を通り抜けやすい性質があり、かつ測定対象を破壊しない優れもの。しかも、これが日本の技術だというのだから嬉しくなる。中国の時代劇映画には、巨岩で密封された莫大な財宝のシーンが良く出て来る。歴史考証を重ねれば、財宝発見も決して夢ではなさそうだ。日本にもある。徳川幕府が隠したと言われる埋蔵金。今は見つからないことが前提のテレビのバラエティ番組の1テーマだが、ミュー粒子の解析技術が進歩すると立派な技術ドキュメンタリー番組として衣替えするかもしれない。ミュー粒子は真実を解き明かし、かつ夢を広げる技術でもある。

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猫の寿命

昨日はヒトの人工腎臓である透析に触れたが、腎臓の病は猫にもあるらしい。東大の研究グループが、猫に腎不全が多い原因を解明し英科学誌に発表した。猫の死因のトップは腎不全とされている。だが、その原因は不明で治療法も確立されていなかった。腎臓には、血液中の老廃物を尿として排出する役割がある。腎不全とはこの機能が働かない状態のこと。腎臓は血液から尿を抜き出すフィルターのようなものだが、死んだ細胞がはがれ、ゴミとなってフィルターを塞いでしまうのが急性腎不全だ。ヒトの場合は、血液中にあるAIMというたんぱく質が活性化しゴミを排除して腎機能を改善させる。だが猫の場合は急性腎不全になってもAIMが働かないことを発見したとのこと。現在AIMの働きを利用した薬の開発が進められている。勿論ヒトにも効くことが期待されている。猫は5~6歳で急性腎不全になることが多く、そのうち5~7割が改善せずに、慢性腎不全のため15歳程度で死ぬという。この薬が出来ると猫の寿命は大幅に伸び、人様並みの老齢化社会を迎えることになるかもしれない。

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人工透析費用の見直しを

あるフリーアナウンサーが「人工透析患者は殺せ」とブログで発言し、全ての番組を降板させられた。今日本で最も嫌われている人物とも言われている。人工透析患者を攻撃する根拠は、医療費の中で透析費用が断トツに多くかつ伸び率も断トツで社会保障費全体を歪めていることと、患者の何割かは生活が自堕落ゆえ透析を受けざる得なくなったこと。透析には年間500万円かかるが、患者の負担はたったの12万円だ。通常の保険のように3割負担ならば150万円なのだから、透析が異常に優遇されていることが良く分かる。手厚いのは透析治療開始時の厚労省の単純な設定ミス。それが今でも引きずっている。このアナウンサーの主張は極めて的を射ている。ただ「殺せ」はない。この一言で善が悪に、白が黒にひっくり返ってしまった。これを契機に厚労省は透析患者の実態を把握し細やかな方策を採るべきだと思う。教育も必要だ。透析を始めれば後戻りは出来ない。一生透析と付き合うことになることをもっと強烈にアピールすべきだ。中国では急激に富裕層が増え美食家が増えている。取りあえず血糖値を下げる為透析を希望する者が多いという。昔のフランスの貴族は美味しいものを食べるために、腹一杯になると鳥の羽を喉に突っ込み吐いてからまた食べたという。この類いの透析患者は、即刻3割負担に改正すべきだと思う。

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ノーベル文学賞の進化

今年のノーベル文学賞は、何とボブ・ディランだった。村上春樹はまたしても受賞を逸してしまった。ボブ・ディランという名前は聞いた事がある。ガロの「学生街の喫茶店」に中に「君とよくこの店に来たものさ・・・片隅で聴いていたボブ・ディラン♪」という詞が出て来る。その程度だ。どういう人物かは知らなかった。ボブ・ディランの受賞が決まり、マスコミは大騒ぎだ。ピーター・ポール&マリーの「風に吹かれて」の作詞作曲もボブ・ディランであることを初めて知った。ミュージシャンとして一世を風靡し現在も音楽活動を続けているようだ。ノーベル賞の審査委員は、ボブ・ディランをギリシア時代のホメロスとイメージを重ねている。ボブ・ディランは現代の吟遊詩人で、アメリカの歌における伝統の中に、新しい詩的表現を創出した偉大な詩人だと評価したとのこと。文学賞に音楽も対象に入れるのかと違和感はあったが、今や大学の文学部は、詩や小説に加え、映画、ポピュラー音楽、ファッション等を対象とした文化研究の場に移行しつつある。文学そのものの定義が変わりつつある。ノーベル文学賞も進化しつつある。そのうちタイトルもノーベル文化賞に変わるかもしれない。

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将棋ソフトあれこれ

将棋竜王戦の挑戦者が突如三浦九段から丸山九段に変更になった。挑戦者の資格はトーナメントを下から勝ち抜いた結果得るものだから、変更は極めて異常だ。変更の理由は、三浦九段の八百長疑惑。対戦中に席を外すことが多く、隠れて将棋ソフトを参考にしていたのではと疑われている。5人の棋士が訴えたというから、限りなくクロに近そうだ。勿論本人は否定している。本人は疑惑を持たれたまま出場することは出来ないと休場の意向を示したが休場届が提出されないため、日本将棋連盟は三浦の出場停止を決断したとのこと。自分はヘボだが将棋が好きだ。1か月程前に詰将棋入門というソフトを入れ、時々将棋を楽しんでいる。初めに、これは頭の訓練だから、詰ませる前には絶対正解を見ないと心に決めた。最初の内は簡単だったが、段々難しくなる。解けないまま時間だけが過ぎてゆく。永遠に解けそうもなく感じ一度だけだと解く前に正解を見てしまったことがある。その後は、時々見るのが癖になってしまった。まるで麻薬のように常習性を帯びてくる。同時に頭の中の思考回路もタイマーカットされるようになってしまった。三浦九段は年明けから棋士活動に復帰することになっている。一方日本将棋連盟は不正行為を防ぐ方策を検討中だ。今後の三浦九段の勝敗次第でシロクロが決着するに違いない。

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舌の根も乾かぬうち

先月安倍首相が国会で所信表明演説を行った。「一億総活躍、地方創生、農政新時代、そして地球儀を俯瞰する外交。安倍内閣は未来への挑戦を続けます」と威勢は良かった。一億総活躍を達成するには「誰もがその能力を存分に発揮できる社会を創る」と言う。その通りだと思う。更に「その大きな鍵は、働き方改革だ」と言う。全くその通り。だが、実態が伴わない。毎年税制改革で配偶者控除の廃止が取り上げられる。今年こそ改革が進むのかと思っていたが、例年通り先送りしてしまった。現在はどの業界でも人手不足が深刻化している。配偶者控除が無くなり、子育て支援と介護の拡充が進めば、女性が男性と対等に働き始めるのは確実だ。配偶者控除廃止は一億総活躍達成のためのキーファクターでもある。そのキーファクターを先送りしてしまった。その瞬間に所信表明演説が極めて薄っぺらなものに見えてきた。所信表明とは小学生の作文程度の価値しかないようだ。「舌の根も乾かぬうち」の良き凡例とも言えそうだ。

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リチウムからマグネシウムへ

1991年に旭化成が発明しソニーが実用化したリチウムイオン2次電池は見事に花が咲き、電子機器や自動車の分野で主役を演じている。今年のノーベル化学賞にもノミネートされるほどの地位を築いている。だが欠点もある。発火し易くサムスンは最新のスマホを全量回収している。価格も高い。主原料のリチウムは希少元素で、かつ産出される4分の3は南米のチリに偏在している。このためリチウムイオン2次電池の後を引き継ぐ次世代電池の開発が盛んだ。ホンダと埼玉県産業技術総合センターは、世界で初めてマグネシウムイオン2次電池の実用化に目途を付けたと発表した。すでに寿命や安全性はリチウムと遜色がないことを確認済みだという。電池の容量もリチウムよりも大きく小型化し易いのが特長。何と言っても、最大の利点は高価なリチウムを使わずにマグネシウムが使えること。調達コストはリチウムの25分の1程度に収まることになる。マグネシウムイオン2次電池が次世代電池競争のトップに躍り出て、そのまま独走しゴールテープを切るのかもしれない。新技術の出現はいつも心をワクワクとさせるものだ。

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恩師の仕事

お葬式に参列する事は好きではない。親族かとてもお世話になった人か極めて親しい人以外はパスするようにしている。でも亡くなった人を軽く見ている訳ではない。葬儀に出る事だけが、故人を忍ぶことではない。心の中ではその人を思い出し自宅でひっそりとご冥福を祈るようにしている。訃報を受け、大学時代の恩師のお通夜に行ってきた。大学4年のゼミと2年間の大学院でご指導を戴いた。オマケに仲人までしていただいた。とてもお世話になった先生だ。「超」が付くほど真摯な研究者で、超裏表のない透明感のある人物で、少し頑固だった。学生時代の成績で、ただ一つだけ「可」を喰らった単位がある。それが先生の物理化学だった。学生に容赦をしない先生だった。自分は化学専攻だったが、薬品を反応させる化学実験は好きではなかった。一方化学は物質の本質に迫る学問だと信じていた。だから化学実験の少ない物理化学研究室を選んだ。今でもこの選択はベストだったと思っている。斎場に到着すると、懐かしい顔が並んでいる。もう50年近く前の付き合いだから誰も忘れているに違いないと思っていた。入口には当時の助教授がいた。目礼をしたが、助教授は自分が誰だか分からない。でも一言しゃべると「あっ、○○君だね」と思い出したようだ。年を取ると、顔よりも声で昔を思い出すようだ。ご焼香が終わり、昔の助教授、助手、先輩、後輩と現在の若い研究室長が集まり、昔話や現況報告で盛り上がった。恩師は亡くなっても、人を結びつける仕事をしているのだなと思いながら帰途に着いた。

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閣僚の領収書自書き問題

政治とカネにまつわる第3弾。舛添の政治資金不正流用、富山市議の領収書改ざんに続き、今度は国会議員の領収書自書き問題だ。国会議員の政治資金パーティーに出席した議員が白紙の領収書を受け取り、支払った金額を自分の事務所で勝手に書き込むことが慣例化しているとのこと。指摘したのは共産党議員で、指摘されたのは何と現役閣僚の菅官房長官と稲田防衛相。この3年間で、菅は約2千万円、稲田は5百万円分を、自分の事務所で白紙の領収書に金額を書き込んでいたとのこと。そもそも、発行する側が内容を書き込まなければ、証明書の効力は無い。富山市議の領収書改ざんと同じレベルの違法行為と言える。だが、両者共「法律上の問題は無い」と嘯いている。舛添とそっくりだ。しかも、高市総務相は何と「発行側の作成方法には規定がない(から違法ではない)」と屁理屈を捏ね援護している。政治資金規制法を所管する総務省のトップが言うのだから、何をか言わんやだ。開いた口が塞がらない。しかも高市は「国会議員の双方の事務所で入出金額が記録されており、事実と異なる記入というのはまず発生しないと考えられる」とコメントしている。言葉を換えれば「政治家は信用出来るので、適正な領収書は不要」と言っているようなもの。政治とカネの問題がこれ程騒がれているのに、泥沼は増々深まるばかりだ。泥沼を深めている張本人は現役の閣僚たち。彼らが不正の手本になっている。即刻退場すべきだと思う。

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ノーベル平和賞の価値

今年のノーベル平和賞はコロンビアのサントス大統領が受賞した。50年以上にわたり20万人以上が犠牲になり、600万人が家を追われた内戦を終結させた功績が評価されたようだ。だが、和平合意後に実施された国民投票では僅差で合意が否決されてしまった。その国民投票の結果を持ってノーベル平和賞には値しないという声もある。そうだろうか。サントス大統領の実績は、現実的に内戦を終結させたことにある。国民投票の前は、国民の3分の2が賛成していたと言われていたが、結果は否決。理由は賛成派が安堵し投票に行かなかったからとか、反乱軍の戦闘員を解放したからとか言われている。圧倒的な優位ではない限り、戦闘を終結するにはある程度の妥協は必要だ。妥協の程度の問題はあるが、それは従属的な問題で、本道は内戦終結にある。間違いなくサントス大統領はノーベル平和賞に値すると思う。一方2009年に受賞したオバマ大統領のノーベル平和賞は妥当だったのだろうか。受賞理由はプラハの核廃絶宣言。その後核廃絶が進んだ実績は無い。第2弾が退任間近の広島訪問。レガシー作りと囁かれている。社会的インパクトを重視するノーベル賞には、あまりそぐわないような気がする。しかし、平和を実現することは極めて難しい。平和賞に限れば、それなりの立場にある人が平和になるための宣言をすれば良しとすべきものなのかもしれない。それ程平和の実現は難しいということをアピールするのがノーベル平和賞なのだと思う事にした。

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夢のガン治療薬の行方

世界で初めて実用化されたガン免疫治療薬オプジーボが話題を集めている。技術面では、京大の研究チームが開発し小野薬品が製造販売を始めた。ガン細胞により働き方が弱っている免疫細胞を再び活発な状態に戻す治療薬で、夢のガン治療薬と注目されている。将来ノーベル賞を受賞するのは間違いないと目されている。メラノーマと肺ガンに極めて有効で、その他のガンについても治験が進められている。だが、副作用が良く分かっていない。有効性や副作用は研究が進展すれば明らかになるだろうが、問題は価格だ。日本の薬価は100mg当り73万円。肺ガン患者に1年間使用すると3500万円もする。このまま適用すると日本の保険制度が崩壊してしまう恐れがある。そこで財務省が厚労省の2018年薬価改定を待たずに改定するよう言い出した。財務省は半値にしろと言う。半値とは大胆な発言だと思ったが、米国では100mg当り30万円で英国では何と14万円なのだ。世間相場は半値よりも安いのだ。しかも英国では14万円よりも安くなるよう検討しているという。小野薬品は濡れ手に粟の状況にある。価格に対し厚労省の対応は鈍いし、メーカーに大甘過ぎる。一方で、技術的には、厚労省は日本のガン研究者の総力を結集させて全てのガンに対する「夢のガン治療薬」を実現すべきだと思う。

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次男とゴルフ

いつもの仲間とゴルフに行ってきた。仲間と言っても、一人は師匠でもう一人は自分と同期の生徒。いつも4人目が定まらない。その時々に声を掛け4人目を募る。ところが今回は皆の都合が悪いと言う。仕方なく自分の次男に声を掛けることにした。次男は社会人だがゴルフ関係の会社に勤めている。平日ゴルフで休みを取っても会社の理解は得られるだろうと思ったからだ。ダメもとで声を掛けたら、9月は忙しいのでダメ、10月になればOKとの返事。そこで今日は次男がメンバーに加わることになった。そこそこ上手いのは知っていたが、これ程上達していたとは知らなかった。スタートの1番ホールのティーショット。クラブを軽く振っているように見えるが、ボールは理想的な角度で弾丸のように伸びながら飛んでいく。しかも狙った方向へ一直線だ。同じゴルフでも次元が違う。久々にテレビに出て来るプロのような弾道を直に見た。オフィシャルハンデ6の師匠が「あれほど飛ぶと楽しいだろうな」と感嘆の溜息をついた。ゴルフが終わった風呂場で「一緒に風呂に入るのは久し振りだね」と次男に言った。考えてみると、子供たちと一緒に風呂に入ったのは小学校低学年まで。何と30年ぶりなのだ。時が経ち子供が成長したことを実感した一日であった。

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議会で寝る人寝ない人

小池知事になって初めての都議会の代表質問が始まった。豊洲盛り土問題、五輪整備費等々問題が山積みだ。肥満都市東京とかブラックボックスとか議会軽視とかいう言葉が飛び交ったようだ。都議会の一問一答を詳細に知りたなどの興味は無い。内容はニュースのダイジェストで充分。だから「ようだ」という表現にした。質疑の内容よりも、その他の方が気になった。都議会のドン内田都議は目を瞑り狸寝入りをしていた。議会終了後のインタビューでお茶を濁して眩ます積りだったのだろう。知事の発言途中で「聞こえない」とのヤジが飛んだ。都議会場でたとえ小声で話しても声が拾えないなど不自然だ。きっと都庁職員の嫌がらせに違いない。いよいよ都知事、都議、都庁職員の三つ巴の戦いが始まった。議会終了後に、小池都知事がどのようなコメントをするのかに興味があった。都知事は質疑内容には触れず何と「議場では国会と比べて寝る人が少なくて、むしろ驚きだった」と感想を述べた。目先の議題にひっちゃきになっていた都議たちを鳥瞰していた。勝負あり。初日は都知事が1本取った。それにしても比喩が強烈だ。と言うよりは極めて素直な表現だったのかもしれない。国会で寝ている人が多いとは嘆かわしい限りだ。だが、この言葉に国会議員たちが誰一人として反発もしないのであれば、その問題はより大きいものと言えそうだ。

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現代の踏み絵

踏み絵といえば、江戸時代のキリシタン狩りで有名だ。キリスト教弾圧は明治に入って終わりを迎えたが、踏み絵という行為は現在でも残っている。例えば二重国籍。日本は二重国籍を認めず、22歳までにどちらかを選択するよう法律で定められている。これはまるで現代の踏み絵だ。先日蓮舫議員が民進党代表に選出された時、二重国籍であることが分かり問題になった。蓮舫はすぐさま台湾籍を抜き、事なきを得たが、果たして二重国籍は問題なのだろうか。日本は両親のどちらかが日本人であれば子供は日本国籍になる血統主義の国だが、親の国籍とは関係なく産んだ国の国籍になる生地主義の国もある。だから片親が日本人の子供が生地主義の国で産まれれば、自動的に二重国籍になってしまう。しかも国籍離脱が出来ない生地主義の国で産まれた子供は踏み絵さえも踏めなくなってしまうのだ。世界はグローバル化して国際結婚が多い。今や先進国の殆んどは二重国籍を容認している。二重国籍を認めない日本の方が世界の常識から外れているのが現状なのだ。現在日本は二重国籍者が数十万人いるといわれている。しかも実態が掴めないという。法律が時代遅れとしか言いようがない。いまノーベル賞が話題になっている。2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部教授は米国籍で日本国籍は無い。だがノーベル賞を受賞するとマスコミは日本人としてカウントし称賛する。誰でも南部教授を日本人と思っている。二重国籍であるほうが実態に合っている証明と言えそうだ。

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メチル化DNA

島根の病院が、今までの禁煙治療にかかった保険の診療報酬を健康保険組合に返還したとのこと。厚労省は、禁煙治療で保険適用を受ける病院に対し、敷地内の全面禁煙を条件としている。この病院では喫煙が常態化しており、厚労省から注意を受け、仕方なく禁煙外来を休止し、渋々返還するに至ったようだ。以前京都の鴨川べりを散策していた時、京都府立医大の裏門で医者や看護師らしき人達がたむろして喫煙している光景を見たことがある。その時もし自分が患者だったらと考えた。医者や看護師からタバコ臭い息を吹きかけられる自分を想像しゾッとしたことを思い出す。今やタバコが人体に及ぼす害は明白だ。医者にとってタバコは決して嗜好品ではない。禁煙出来ない医者など、半分失格とも言えるだろう。米国立研究機関の研究チームが、過去にタバコを吸っていた人の遺伝子には喫煙歴を示す痕跡が残り、一部は30年経っても消えないとの調査結果を発表した。喫煙によりDNAの表面がメチル化される。そのような影響を受ける個所は全遺伝子の3分の1にも及ぶという。大半のDNA上の変化は禁煙後5年以内に非喫煙者と同じ水準まで戻るが、一部の変化は30年経っても残り続ける。自分が禁煙してから丸30年経った。さて、自分の身体に未だにメチル化されたDNAが残っているのだろうか。

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レガシー頼りのハリル

W杯アジア最終予選の第3、4節に臨む日本代表が発表された。しかし、いつものメンバーばかり。ハリルはザックの残した遺産を今でも信じているようだ。Jリーグで活躍する活きの良い選手には見向きもせず、ひたすらレガシーだけの海外組を重用している。だが、海外組の衰えは目に余るほどに凋落しているのが現実だ。前回の対タイ戦では、本田が決定的シュートを外し何と空振りした。パフォーマンスは少年サッカーレベルに落ちている。香川は元気のないオッサンのように見える。岡崎、吉田、清武、長友など海外組の殆んどが最近はピッチに立っていない。ピッチに立てない選手は死んだ魚と同じだ。実戦から遠ざかった選手を起用するのは一種の賭けに過ぎない。叶わない夢をもう一度と言っているのと同じことだ。海外であれ国内であれ、生きた魚のように俊敏に動く選手を起用すべきだと思う。その活きた選手を操るのが名監督というものだ。ハリルは、フィジカルコンタクトを殊更大事にする。世界の選手と戦うにはフィジカルコンタクトが重要であることは間違いない。しかしフィジカルコンタクトだけで俊敏さが伴わなければ、プロレスラーがサッカーをしているようなもので、勝てる訳がない。A代表のコーチに手倉森コーチが就任し、ハリルの後任人事は風間だと取り沙汰されている。実戦から遠ざかっているレガシーの川島GKを再度選んだハリルには、ザックを神と見立てて祈るしか道はないようだ。

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