シェアハウスのストーカー

「シェアハウスのひな祭り」を書いて物語の背景が出来たので、近年のストーカー増加と春の入学シーズンを加えて続編を書いてみました。2013年3月19日に超短編小説会に投稿しました。

 

「シェアハウスのストーカー」

 

春は転勤の季節、そして入学の季節でもある。シェアハウスでは送別会と歓迎会が続いた。大阪弁のX君は人事異動で目出度く関西に戻って行き、替わりにK子が入ってきた。

 

大学の春休みは長い。2月中旬から4月中旬まで3か月近くある。最近では客員教授がやたらと増えて授業科目数が多くなり、学期中の教室の空きは殆んどない。そのため休み期間中の集中講義で単位を取得させる大学も多くなった、A子は昨年の入学早々、心理学入門の授業にチャレンジし、高校時代には得たことのない感銘を受けた。それをきっかけに、この春休みは心理学春季集中講座を受けることにした。

 

今日は新入りK子の歓迎会。チーズとクラッカー、それに勿論、赤と白のワイン。細やかな歓迎会だ。初めにK子が自己紹介をした。K子はまだ18才、受験に合格し田舎から出てきた。背丈は低く顔はボーイッシュ、化粧はしていない、運動が得意でインターハイ出場の経験もあるとのこと。「私東京は初めてなので、少し早めに上京しました。東京や新宿、今を時めく渋谷をまずは歩いてみたいです。勿論このご近所も隈なく散策してみようと思っています」そして最後にピョコンと頭を下げて「今後ともよろしくお願いしまぁ~すっ」と締めくくった。続いてシェアハウスの先住民たちが一通り簡単に自己紹介をして、質問タイムも終わりお開きになった。

 

歓迎会が終わり、K子と仲良くなった台湾からの留学生のZ君がテレビをつけた。定時のニュースで最近ストーカーが増加していることを報道している。2000年にストーカー規制法が成立して以来、昨年は最高の2万件に達したとのこと。Z君が言う「日本人口1億2千万、20代ノ女7百万、2万ワル7百万、0.3%ネ、ダカラ若イ人、千人ニ3人ハストーカーサレルネ、トテモ多イネ、コレコワイヨ」。A子が続けた「うちの大学は6千人で男女半数だから女性が3千人もいるわ。3千人の0.3%は9人、他人事じゃないわよね~」

 

Z君は部屋に戻り、あとは残った者だけの雑談タイムになった。A子とU子が話している。偶々傍でK子は何気なく聞くとはなしに聞いていた。「心理学の集中講座で宿題が出たのよ、それも1週間後にレポートを提出しなさいって言うの」A子は手帳を取り出し「自分の仕草や癖を抽出し、それについて心理学的な考察を加えよ、なんだって、こんなの習っていないよ」とA子は不満タラタラ。更にA子は「人はなくて七癖とは言うけど、自分には癖なんかないわ、思いつかないもの」と言う。するとU子は、すかさず「あるじゃない、例えば話している時に、思い出したように右上を見るわ、それが貴方のポーズよ、そして時々話しながら手で口を隠す仕草もするわよ、それにもっとあるわよ」と言う。Y君も嬉しそうに「もっとあるぜ、ひょっとするとA子さんはボディーランゲージの天才かもしれないよ」と囃し立てた。A子はヤバイと思った。U子が指摘した仕草のワケはすでに心理学入門で習っていた。嘘をつくときの仕草だ。このままでは自分が嘘つきであることを、自分で自分を証明してしまうことになる。A子は急き込んで反論する「そんなの癖とは言わないわ、癖とは、その仕草で、あー、あの人だ、と分かるようなレベルのものよ」とA子は言いながら、恰も急な用事があるように自分の部屋に戻ってしまった。

 

A子は歓迎会の次の日の帰り道に、誰かにつけられているような気がした。そうだU子かもしれない、きっと、ワッと驚かすつもりなんだわ、とA子は思った。U子はそういうことが好きな子であることを、この1年間の付き合いで十分承知していた。A子は咄嗟に、昔遊んだ「ダルマサンガコロンダ」を思い出した。A子は心の中でゆっくりと「ダルマサンガコロンダ」と無言で呟いた。そして振り返ったが、ただお婆さんと少年が歩いて来るだけで、フリーズしているU子を見つけ出すことは出来なかった。

 

そしてその次の日の帰り道、今度は確かに誰かにつけられている気配がした。ひょっとしたらストーカーかもしれない。この前台湾のZ君の言っていたことを思い出した。そう思った瞬間、恐怖がA子を襲ってきた。A子は歩きながら全神経を後ろに集中した。A子の耳は完全に後ろの気配に集中しているが、首が硬直し振り返る事が出来ない。眼は後ろを見るのを嫌がって前方を凝視したまま後ろには動かせない。逃げる以外に手段はないと決心し、震える足をなんとか動かしながら兎に角走り出した。何処をどう走ったのか分からなかったが、明るい場所を探した。煌々と眩しいくらい明るい所を見つけ飛び込んだ。シェアハウスとはかなり離れたコンビニだった。A子は何度も何度も深呼吸をした後にU子に迎えに来てくれるよう携帯電話で助けを求めた。

 

15分ほどで息せき切ったU子がコンビニに駆け付けた。A子はホッとしたと同時に、U子の後ろにK子がいることに気付いた。我を取り戻したA子はU子に小さな声で尋ねた。「何でK子がいるの」、U子が「K子がこのコンビニの入り口にいたので」と言い始めたところを遮りK子が言う。「実はA子さんの癖は何だろうかと好奇心が湧いてきて、ここ2、3日跡をつけて観察してみたの。でも残念ながら私にはA子さんの目立った癖など見つけられなかったわ、ただ皆が知っている左利きという位かしら」

 

その言葉のあと、A子にはかなり沈黙が続いたように感じたが、次なる瞬間に、ストーカーがK子であることを悟った。しかもそのストーカーが本物のストーカーでないことも。なおかつ同時に目から鱗が落ちるように、目の前が明るくなるのを感じた。今までの自分は、自分がギッチョであることすら自覚していなかったのだ。ギッチョは癖とは言えないかもしれないが、精神を集中して自分の仕草を見つめ直せば、幾らでも仕草や癖は見つかるはずに違いないと思った。

 

人間には、他人の癖は見たくなくても見えるものだ。しかし自分自身の癖は見えにくい。A子は生まれながらの左利きで、自分が左利きであることを自覚はしている。だが、いつも自覚しているかというと、それはそうではない。何時もは自然に振る舞っているので、普段は自分を左利きとは自覚したことはないのだ。

 

今回の経験をきっかけにA子は普段は見えない自分の癖を見抜く糸口を掴んだような気がした。まずは見えにくい自分の癖を見つけ出すことだ。これこそが、授業の宿題の狙いたったのだろうと思った。そして、その癖と自分のその時の心の状態とを結ぶ、深層心理に何処まで言及出来るかが、どれだけ講義を理解したかを示すバロメーターになることを理解した。宿題はクリヤーになった。A子は俄然やる気になった。その後A子は自分の癖を3点ほど抽出し心理学的な考察を加えレポートを提出した。客員教授のA子への評価は連休前には分かることになる。