シェアハウスのひな祭り

2013年3月2日のブログにも書きましたが、超短編小説会に投稿した西成恭介の処女作です。

ストーリーは本当に夢の中で作られました。

 

題名「シェアハウスのひな祭り」

 

A子は東京の某大学に合格し田舎から上京して来たが、一人暮らしには些か心細いところがあった。だから、子供の頃に毎年飾ってもらった雛人形を携え、シェアハウスに入居した。上京してほぼ1年が経ち東京の学生生活にも慣れ、少しは積極的に生きてみようと思っていた。まずは身近なシェアハウスで自分の存在感を見せようと思っていたからだ。

 

2月も中旬になり共用のリビングルームに自分のお雛様を飾ることを思いついた。

 

「内裏様はどちらに置くの?」とA子が尋ねると、関西出身のXが「内裏様は左やで」と言う。しかし関東出身のYは、右と言う。そして台湾からの留学生Zは「新しい情報、関東、右に置く結婚早い、左に置く出来ない、右ハッピーね」と訳の解らないことを片言の日本語で言う。結局、右も左も決まらない。その時U子が「右に置くことになっているの」と断言する。U子は更に続け「内裏様は浮気者、三人官女をチラチラ見るとお雛様が内裏様の脇腹をツネるの。お雛様が右手でツネり易いように、だから内裏様はお雛様の右側になったのよ」。結局この現代的な解釈に全員が納得し、内裏様は右に置くことになった。

 

学生食堂が混んでいる。やっと席を見つけた二人、おしゃべりは止まらない。A子の右にU子が座った。いつも左にA子、右にU子が席を取る。A子は左利きなので、話相手は右にいた方が心地良いらしい。だがA子の左隣には見知らぬ男子学生。A子とU子は話に夢中。A子は話に熱中しコップの水で喉を癒す。突然隣の見知らぬ男子学生がA子に声を掛けてきた。「すいません、それ僕のですけど」「何言ってるの、私のよ」A子は気は弱いが勝気な性分だ反論はする。男子学生は、すまなさそうに「だってもう一つのコップにも同じ色の口紅が付いているでしょ、僕は口紅なんか付けていないもの」と真剣な表情で返答した。状況に気付きA子は一瞬顔が熱くなるのを感じた。「ご、ごめんなさい」と小心者だが勝気なA子は小さな声で謝った。その時U子は何も言わずじっとその学生を見ていた。男子学生は「そのコップ進呈します」と爽やかな笑顔を見せ席を立って行った。

 

後日同じ学食で、A子は今日は一人、U子はいない。A子は昼食をカレーにしようか、ミートソースにしようかと迷っていた。思い悩んだ挙げ句、ミートソースを選択。だが味はイマイチ「ヤッパ、カレーだよね」と思った時に、隣でカレーのいい臭いがする。ふと横を見ると先日の例の彼が美味しそうにカレーを食べている。カレーを見つめていた眼とカレーを食べていた眼が合った。「どうも」「どうも」と挨拶。この瞬間にA子の頭の中から黄色のカレーは消え失せてしまった。A子の心の中は桃色に変わり甘酸っぱい気持ちに満ち溢れた。A子はU子に打ち明けた。U子は「素敵ね、頑張りな」とA子の背中を押したが、その力は些か弱かった。

 

次の日の朝、A子は昨日の余韻に浸りながら、まずお雛様にご挨拶をしようと思った。ところが、リビングの様子が何か変だ、初めに変だということは感じたが何が変だか分からなかった。そして数秒後A子の瞳孔が開いた。内裏様が左にいるのだ。その瞬間に台湾の留学生が言っていた、実らない恋の話が脳裏を過ぎった。咄嗟にA子は急いで内裏様とお雛様を元の位置に戻そうとした。しかし慌てて震える手で内裏様を持ち上げようとしたため、内裏様の首が捥げてしまった。もう元には戻らない。そこでA子は誰にも言わずにお雛様を自室に撤収することにした。

だが皆が起きてからが一騒動だ。「どうしてないの、誰が持って行ったの」と大騒ぎ。余りの大騒ぎに居ても立ってもいられず、張本人であるA子は泣く泣く一部始終を話すことにした。「世の中には悪い人がいるもんだね」が皆の結論だった。

 

後日になってU子がA子に告白した。「ごめんね、内裏様を入れ替えたのは私なの、実は私はA子より前から彼が好きだったの。私より後に好きなったあなたのことが許せなかったの。でもあなたの悲しさが私よりも遥かに大きいことを知ったから後悔しているの」

 

数日経ってからA子とU子は仲直りをして、いつもように学食に行った。恰もデジャビュのようにA子の左隣にはあの男子学生がいた。そしてその左隣には彼と親しげな女子学生がいる。男子学生はその女子学生に夢中のようだ。暫らく時間をおいてから、A子とU子は約束した。「生涯二度とお雛様は飾らないよね」と眼と眼で約束を交わした。