国旗損壊罪が今国会で成立する見通しだという。お子様ランチの日の丸までも議論した国旗損壊罪が、今必要とされているのだろうか?自分は全く不要だと思っている。暇を持て余した国会議員らが時間潰しのためにやっているとしか思えない。自民内ですら右からも左からも不要との声が聞こえてくる。高市は自民の野党時代に保守結束のため国旗損壊罪の法案を提出したことがあったが廃案になった。自民総裁になった時は本人も忘れていたに違いない。ところが、自民が維新と組む時に、維新から国旗損壊罪創設の申し入れがあった。維新が政権に入りたいために高市にゴマをすった産物だ。事実、維新内では国旗損壊罪など取り上げていなかったのだ。そのゴマをすったのが、あのチンピラ議員の藤田維新共同代表だ。お蔭で、不要な国旗損壊罪と高市の中傷動画疑惑で、国会は事実上空洞化してしまった。共に罪は重い。
日本の外交が世界に恥を晒している。英国を訪れスターマー首相と会談した高市首相。経済安保分野の共同宣言を発表し、エネルギーの安定供給に向け、協力することで一致したまでは良かった。スターマーが官邸内に飾られている歴代首相の写真の前に案内した。そこで、高市はサッチャーの写真を指さしニッコリ。でも、スターマーは現労働党党首で、サッチャーは元保守党のトップ。水と油の仲。スターマーは就任時にサッチャーの写真を撤去したほどだ。高市は無邪気にスターマーの前で、サッチャーの写真を礼讃したのだ。一方、小泉進次郎防衛相は、日本の「あさぎり」型護衛艦を輸出する目論見でインドネシア大統領と会談した。ところが、お土産に戦艦「三笠」の模型をプレゼントした。インドネシアは戦時中日本軍に侵略・統治された歴史がある。三笠は、帝国主義時代の軍艦なのだ。大統領は何とも言えない渋い表情を浮かべていたという。高市は単にサッチャーが好きなだけで、小泉は生誕地横須賀に三笠があるという理由だけなのだ。無邪気というか度を越して教養が無い。外交以前の問題で、外交失格。
抹茶ブームが到来している。以前は、抹茶と言えば茶道で使うものに限られていたが、今では、ラテ、アイス、ケーキにも使われている。抹茶は製造工程が繊細で、大量生産には向かない。よくもこんなに大量供給出来るのものかと不思議に思っていた。その解が分かった。例によって、中国が大量供給しているのだ。今や、中国産が世界の7割を占めているという。ある茶道家によると、中国産は苦味がありラテなどに向いているが、お茶にすると、香りが無く苦味が強く色も今一で茶道には向かないと言う。どちらかと言うと粉茶に近そうだ。一方、日本産はラテにすると香りも落ち味も今一とのこと。価格は、2gで中国産133円、日本産270円程度で日本産の半値だ。結局、抹茶の用途は、抹茶ラテやスイーツ用の大衆向けの抹茶と、茶道やマニア用の玄人向けの2つに棲み分けされそうだ。日本は、外国では作れない味や香りを今後も追及し日本ブランドを確立・定着していく必要がありそうだ。
Newsweekが「中国人が考える自由」と「日本人が考える自由」の違いを伝えている。中国のインフルエンサーが山梨県のローソン河口湖駅前店の入り口で撮影したダンス動画を投稿したことが、日中間のSNSで論争になっているとのこと。日本のネット上で「迷惑行為」として非難が殺到し、インフルエンサーは早朝で実質的な迷惑はかけていないと弁明したが、反発は収まらず、最終的に動画を削除した。これが切っ掛けで公共マナーと「自由」をめぐる論争が始まった。中国のネットユーザーは「日本は過剰なルールに縛られた不自由な国」という見方が大半を占め「政治批判の自由を除けば、中国のほうが日本よりもはるかに自由」という言説が広く支持を得たという。でも、言論の自由が無い中国が「日本よりも自由だ」と言えるだろうか。日本では「ルールがあるからこそ自由がある」という常識が培われてきた。自分がやりたいことをやるのは、自由ではなく、放任、無秩序にすぎない。政治批判の自由は、全ての自由の土台だ。経済や移動、信教、学問、知る権利、表現、これら全ての自由は「政治批判の自由」という強固な盾に守られているのだ。何時になったら中国人は「本当の自由」を得ることが出来るのだろう。
昨日このブログで「日本が男系男子に拘るのは、単に時代遅れの考えに囚われているからに過ぎないのでは」と述べた。でも、よくよく考えると、時代遅れではなく、時代を引き継いでいるからなのだろうという結論に至った。勿論、時代を引き継いでいるのは歴代の権力者だ。我々日本人が習う歴史では、代々の天皇は自ら力を振るったこともあったが、殆どが時の権力者に利用されてきた。藤原道長はその典型だし、近代では大久保利通だ。明治維新は、下級武士が天皇を錦の御旗として利用した典型例と言える。その政治利用が太平洋戦争へと導き、現在に至っている。大久保利通を高祖父とするのは麻生副総裁だ。自民党の領袖には、天皇を政治利用する血が流れていると言えそうだ。殆どの保守系政治家は時の領袖に従う。勿論独自の見識など皆無だ。そう考えると、男系男子に拘るのが見えてくる。愛子天皇が実現してしまえば、天皇制が民主化されてしまう。領袖たちは、民主化を最も恐れている。利権が無くなるからだ。それを唯々恐れているに過ぎないのだ、というのが結論だ。
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