竹の不思議

横須賀市で竹の花が咲いたとのニュース。竹は100年に一度しか咲かないと言われており、極めて稀なケースだという。専門家によると、竹は花を咲かせると枯れてしまう。死ぬ間際で子孫を残すため咲くという。自らが衰えた時に初めて発揮される点が極めて不思議だ。まるで竹が意思を持っているように見える。先日、電車に乗って成田に行った。町中から離れ車窓には里山が広がっていた。ところが、殆どの里山の上は竹林が占領している。里山は手入れを怠ればすぐに竹が繁殖するという。その繁殖力は強い。竹の地下茎はまるでアメーバーだ。竹を駆逐するのは不可能に近いという。そのうち日本の全土が竹で覆われてしまうのかと不安に思ったくらいだった。竹の花のニュースを聞いて、里山でも竹の花が咲けば良いのにと思った。だが待てよ。我が家の庭にも竹が蔓延っていた時期があった。竹の切り口に枯れ葉剤を蒔くと、地下茎を通して全体を枯らすことが出来ることを知り実践したことがある。いま我が家の庭には竹は無い。100年を待たなくても答えは近くにあった。

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稀代の名相に

荻生田自民党幹事長代行が消費増税凍結と衆院早期解散に言及し、波紋を広げている。保守系インターネット番組で「景気が落ちている。6月の日銀短観次第では秋の消費増税は再考しなければならない。増税の可否には国民の信を問うため総選挙が必要だ」という意味の発言をした。荻生田は安倍に恩があるから忠誠心が厚い。安倍が白いといえば黒でも白と言う人物と言われている。自民党幹事長代行は増税凍結や早期解散を言及する立場にない。荻生田発言は安倍発言とみるべきだろう。そう見なすと、安倍はアベノミクスが失敗だったこと、財政再建など眼中に無いこと、増税を政局にして総選挙を勝ち抜くこと、そして憲法改正に結びつけることを表明したとも受け取れる。そこに国民の存在は皆無だ。何のための政治なのだろうかと思う。消費税を増税しなくても、財源を確保する方法はいくらでもある。歳出削減でも良いし、資産の一部取り崩しでも良い。有り余っている資産を予算に活用するようになれば、安倍は稀代の名相として名を残すことになるはずなのだが。

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道交法の不備・県の不作為

小学校の校長が校門近くの道路に自ら停止白線を書き、道交法違反容疑で書類送検されたとのニュース。メイン道路の信号から15mのところに校門に繋がる脇道道路があり、校長はその脇道道路の手前で自動車を止めることが安全だと思ってのことらしい。校長の行為は間違いなく道交法違反だが、それで済まして良いものだろうか。危険箇所を放置した県に責任は無いのだろうか。校長は事前に県に要請しなかったのだろうか。全国に道路の危険箇所が数多く放置されているのが現状だ。先日も、横断歩道上に停車するバス停で、バスの影から横断した子供が車にはねられ死亡した事故があった。道交法はバス停の設置条件を規定していない。バス会社が勝手に設置出来るのだ。どう考えても道交法の不備だ。我が家の近くにも事故が多発する三叉路がある。バス乗降場の広場にも繋がっているので変則十字路ともいえる。でも、右折信号が無く、上下線の信号が時間差で赤になる。右折車は阿吽の呼吸で右折する。事故が多い交差点なのは当たり前だ。これも県の不作為といえる。道交法の真面な改正が必要だ。

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あら、偽札ね

新五千円札の津田梅子の肖像が物議を醸している。実在している右向きの肖像写真を左向きに反転し使用したからだ。ある津田塾大卒業生は「伊藤博文だったら反転するのか?」と怒っている。一方財務省は「反転などの加工は問題ない」としている。肖像画像の反転について自分はこう思う。自分は毎朝晩洗面所で歯を磨く。否応なしに鏡で自分の顔を見ることになる。これが自分の顔だと思っていた。ところが、写真に写る自分の顔は少し雰囲気が違う。鏡で見る顔は反転しているが、写真の顔は他人から見える自分の顔なのだ。顔が左右対称な人は殆どいない。右向きの顔は好きだが左は嫌いだから写真を撮るときはいつも右を向くという極端に拘る人もいるくらいだ。津田梅子は江戸時代の生まれだが昭和の初めまで生きた人物。明治初期の人物と違い肖像写真の量は豊富だ。肖像権がある時代に生きた人物とも言える。だから反転して使用するからには誰がしかの許可が必要だ。今回の問題は、無断使用した財務省に落ち度があると思う。5年後に新五千円札が出回ったとき、天国の津田梅子は「あら、偽札ね」と呟くかもしれない。

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餅は餅屋に

NTTドコモが新料金プランを発表した。新聞各紙は一斉に「通信料4割値下げ」と報じた。菅官房長官が常々「4割下げる余地がある」とせっついていたのだから、やっと実現したのかと思った。ところが菅本人はノーコメント。それもそのはず「4割」の中身が怪しい。菅の主張は「通信料と端末代金を分離して料金形態を分かり易くしろ。通信料を4割下げる余地がある」だ。ドコモは菅の要求通りに対応している。高価な端末代金を通信料に上乗せしなければ必然的に4割安程度にはなる。しかし高価な端末代金は別途必要になる。結局何も変わらないのだ。菅は「通信料は4割下げる余地がある」とだけ発言しておけば良かった。更に「上乗せ分を含め4割だ」と付け加えれば賢かった。通信各社は兆単位の利益を得て我が世の春を送っている。国民は苦しい生活の中で高額な通信料を負担している。国民から見れば、通信料と端末代金を分けることではなく、月々支払いする代金を下げてほしいのだ。菅が下手な方法論に走るからドコモに揚げ足を取られるのだ。餅は餅屋に任せるべき。でも失敗に終わっては困る。菅の巻き返しを期待したい。政治生命という寿命があるうちに。

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