自分のそっくりさん

世の中には自分に似ている人がいるものだと思う。顔が似ている人は世界に少なくとも2人はいるという。自分にも経験がある。10代の頃だから半世紀以上も前の話ではあるが。外側がチョコレート色で床がコールタール臭のする木製の国鉄の電車に乗り帰宅中の時だ。横長の座席に座り微睡みながら見上げた目の前に自分と同じ顔をした人が座っていた。勿論そっくりなので驚いたが、驚き過ぎて声を上げることも出来なかった。気付いた最初は、相手に気付かぬよう目を伏せて相手の容姿を観察した。視線は足元から胸元まではスムースに動くのだが、首から上に上げるには相当な抵抗があった。もっと良く見たいと思う反面、相手に気付かれてしまったらどうしようかという不安もあった。相手を観察しながら、自分は他人からこう見えるのかとも思った。まるで幽体離脱を体験しているような気分になった。でも怖くは感じなかった。ただ相手が自分に気付いた時に、相手が自分をどう見るのかと思うと気付かれたくなかった。その当時、世界には自分と瓜二つのヒトが存在していて、二人が出遭うと二人とも消滅してしまうという噂話があった。目を瞑りながらそんなことが頭の中を巡っていた。その後何分か時が過ぎ、目を開けた時には相手の姿は消えていた。相手は単に目的地で下車しただけなのだろうか。それともそっくりな自分に気付き逃げ出したのだろうか。思いを巡らしているうちに駅に着いた。もしもう一度遭えることが出来たら、今度は勇気をもって声を掛けてみようと思っている。