新しい定義の「家族」

昨日は久々に昔の研究仲間の飲み会に参加するため富士市に行ってきた。名目は仲間の還暦祝い。30年位前のことだが、今を時めくレアアースの研究をしていた仲間だ。自分がいた会社では研究所のテーマはほぼ5年で入れ替わるのが通例だった。一つのテーマが終了すれば研究員は散り散りになり、新しいグループに移っていく。仲間である時は頻繁に飲み会をやるが散り散りになった後で集まることは殆んどない。それが常識だった。そしてこの研究も約5年で終了したが、その後が特異的だ。研究が終了した後でも何回も飲み会が続く。当時は他の研究室からは不思議な目で見られたものだ。そして30年後の昨日も飲み会は続いている。当時は仕事もよくした。しかしビジネスライクではない。よく仕事をしてよく遊んだ。遊ぶために仕事をしているような感覚もあったし、遊びを忘れて仕事に没頭する時もあった。花見では酔った勢いで川に突き落としたり、我が家に集まって大貧民をしたりと青春を謳歌した。今ではその仲間も定年を迎えたり研究所長や工場長になったりで人様々だ。何年経っても仲間は仲間、30年前と変わらない。酒を飲みながら自分がタイムスリップしてしまったのではないかと疑うほどに昔の記憶が蘇えってきた。多分新しい定義の「家族」なのだろうと思う。