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31日 12月 2014
このブログを毎日書いてはいるが、振り返って見直すことは余りない。でも今年の大晦日の今日は何を書こうかと少し悩んだ。そこで去年の大晦日のブログを見直してみた。来年は文学作品を書くぞということと、茶道を深めたいと書いてある。ところが、今年は作品は出来ず、茶道も出来ず、テニスも出来ずの一年だった。腰を傷めてスポーツが出来なくなった期間がトータルで半年以上はあった。特に5月はテニスで脹脛の肉離れをして、テニスはおろか正座が出来ず茶道も出来なくなってしまった。毎日お風呂の中で脹脛を揉んできた結果が功を奏したのかは分からないが、来年からは茶道もテニスも復帰出来そうだ。今年は自分にとって厄年であったと開き直ることにした。開き直った結果か来年が明るく見える。間違いなく、そう思う。願いは念じれば念じるほど叶うものだと信じている。だが待てよ。今年の自分は、政治家と同じように先送りの技が身に付いてしまったのかもしれない。今年のことは水に流し、明日の元旦に一年の計を立てることにした。来年が水のように流れないことを念じながら。
30日 12月 2014
師走に入るとテレビのレギュラー番組が無くなってしまう。殆んどが特集番組に変わるが、内容は玉石混交。今日の「誰も知らないななつ星」は面白かった。名物社長とデザイナーが、豪華さとは何かを求めて「ななつ星in九州」を生み出すドキュメンタリーだ。JR九州の唐池社長は相当なアイデアマンらしい。ゆふいんの森、A列車で行こう、指宿のたまて箱、海幸山幸、いさぶろう・しんぺい、あそぼーい!などのデザイン&ストーリー列車と称する観光列車を編み出し経営を立て直したとのこと。「ななつ星in九州」は最初から今の原型があった訳ではないようだ。最初に「豪華さ」ありき。デザイナーがイメージを出し社長がクレームを付けることの繰り返しで、難産の末今の「ななつ星in九州」が出来上がったとのこと。偶々浮かんだアイデアを実行したら当たったという訳ではない。新しいものを開発するとは、そういうものだと思う。この番組で一番感銘を受けたのは、組子職人の一言「変えてもいいと言われても絶対変えない。それ以上のモノを作る」。社長といい、デザイナーといい、組子職人といい、執念こそが成功へ近づく本道であることを再認識させられた番組であった。
29日 12月 2014
全日本選手権で4位に入り、世界選手権の出場権を得た町田選手が突然引退を発表したことには驚かされた。町田選手は遅咲きでここ数年になってからGPで優勝するようになった上り坂の選手だ。だが当年24歳。フィギュアの選手生命は短い。頑張れてもあと数年だろう。トップ選手として活躍しているうちは良いが、その後の人生を如何に生きるかが問題だ。引退後は大学院でスポーツを学び指導者を目指すと言う。的確な決断だと思う。一方同じフィギュア選手でありながら、地に足が着いていないように見えるのが織田選手だ。持ち前の人の好さを売りにタレント業に鞍替えしたが、いつ飽きられるか分からない。糸の切れた風船のようにも見える。プロ野球でも驚かされたニュースがあった。黒田投手はMLBの21億円契約を蹴って、4億円の古巣広島に戻ってくるという。理由は広島への恩返しだと言う。まさに男気の世界だ。10年後くらいに、この3選手がどのような生き方をしているのか、見てみたいものだと思う。
28日 12月 2014
普段関西芸人が出て来るテレビ番組を見ることはない。毛嫌いしているからだ。師走も押し迫り、偶々点けた番組がアツシという関西芸人が司会をしている「いくぞ、こども経済TV」とかいう番組。良質な内容の濃い番組だった。自分の次男はアツシという名前だが、ロンドンブーツのアツシが何故同じ名前なのだろうかと、以前から苦々しく思っていた。これまでの芸人アツシは一言しゃべると如何にもドヤ顔をするので、その仕草が毛嫌いするほど嫌だったからだ。でも一時は国政選挙に出る話題もあったので何かの間違いだろうとも思っていた。ところが今日は違う。髪の毛も金髪から黒髪に変わった。目付きも浮ついた所がない。問題の把握も適切だ。そして機微に観客である子供たちの心を捕えている。最近よく感じることがある。お笑い芸人は才能豊富だ。ドラマにも迫力のある演技をするお笑い芸人も稀ではない。ひょっとすと今後はお笑い芸人が世の中を変えることになるのかもしれないと思うこともある。とすれば、お笑いではなく真摯に生きている我々は一体何だったのだろうかとも思う。人生は劇場だ。笑う者あり、泣く者ありということなのかもしれない。
27日 12月 2014
テニスクラブの忘年会に参加した。入会してから15年以上過ぎたが、メンバーも様変わりだ。例年20~30名程度の宴会だが、今年は自分が5番目の古株になっていた。数年前に引退した超古株も参加したので昔話に花が咲いた。場所は大正レトロの古い割烹旅館。太宰治が泊って小説を書いたことで有名らしいが、大正時代の建築物で傷み方も相当だ。建付けが悪く隙間風が吹き込むしネダも抜けている。部屋は和室で、勿論今流行りの掘りごたつ形式にはなっていない。和室に座っての2時間は苦痛だった。料理は比較的手が凝ってはいるが、大して美味しくはない。だが商売は盛況らしい。6時から始まった忘年会だが、着いた早々次の予約があるので8時で終了して下さいと釘を刺された。この割烹旅館の良い所は何なのだろうかと考えてみた。レトロな郷愁を感じさせるのが一番だが、それ以上の魅力は、アルコールの持ち込みが自由な事だ。テニス仲間は酒好きが多い。今日も10本以上の日本酒、焼酎、泡盛、ワインが持ち込まれた。持ち込みOKの宴会場を探すのは至難の業なのだ。
26日 12月 2014
水素で走る燃料電池車が脚光を浴びているが、近い将来その水素が二酸化炭素に替わるかもしれない。温暖化の元凶と言われている二酸化炭素からメタノールを作る夢のような技術の実用化が近づいてきたようだ。人工光合成が日本で進化を遂げている。植物は光エネルギーを使って二酸化炭素と水を分解し炭水化物と酸素を作っている。人工光合成とは、水と二酸化炭素を分解して一酸化炭素やメタノールを生み出す技術だ。半導体パネルで太陽光を受け水を酸素と水素イオンに分解し、その水素イオンで二酸化炭素を一酸化炭素に変え、更にメタノールに変えることが出来る。東芝がエネルギー変換効率を1.5%に高めることに成功したと発表した。トヨタよりも40倍高い。採算ラインの目安は10%とのことだから、あと1桁改良すれば実用化が見えてくる。東芝のブレークスルーは太陽エネルギーの使い方だ。従来は紫外光しか利用出来ない酸化チタンや窒化ガリウムなどの半導体を使っていた。だが紫外光は太陽光の3%しかない。そこで54%ある可視光の利用を思いつき、シリコンやゲルマニウムが可視光を効率的に吸収できることを発見したとのこと。人工光合成の実用化に向けた実証実験は経産省の「エネルギー関係技術開発ロードマップ」に計画されている。人工光合成のインパクトは燃料電池など較べものにならないほど大きい。またまた日本で革新的な新技術が開花しそうな気配。日本の技術者畏るべし。
25日 12月 2014
日本のキリスト教徒は総人口の1%しかいないが、クリスマスは国民的イベントになっている。一方数千万人のキリスト教徒がいる隣の中国は、政府が学校に対し校内でクリスマスと関連する如何なる活動も禁止する通知を出したとのこと。勿論キリスト教の平等主義や民主主義の広がりを阻止することが目的なのだろう。日本から見ると、中国は距離的にはとても近い国なのに文化的には最も遠い国なのだとつくづく思う。クリスマスが近づき日本で問題になったのは、精々バター不足だ。バターが手に入らずケーキ屋さんは四苦八苦したようだ。このバター問題も根は単純だ。農水省が加工原料乳生産者へ、バターよりもチーズを優遇する補助金に変えたので、生産者が生乳をチーズにより多く振り向けた。単なる農水省の行政ミスなのだ。ただそれだけだが、マスコミは真実を報道しない。ここに日本の大きな問題が隠れているようだ。
24日 12月 2014
数年前からカミサンが孫たちにクリスマスカードを贈るようになった。キリスト教徒でもないのに、まことに日本人気質そのものだ。生まれた時は神道の神社へお宮参りに行き、結婚式は神前、仏前、教会何でも有りで、葬式は仏教というのが日本人の一般的な相場だ。日本は八百万の神だから、メリー・クリスマスも取り込んでしまう。テレビでは世界中の国々がクリスマスを祝っていると放送している。まるでキリスト教だけでなく、イスラム教やユダヤ教や仏教の国も祝っているようにみえるが、そんなことはない。祝っているのはキリスト教の国と日本だけだ。最近米国では公の場でメリークリスマスと言わないそうだ。米国は人種や宗教が混在している。メリークリスマスの一言が、その場を白けさせてしまうこともあるとのこと。そのため最近は誰にも平等な「ハッピー・ホリデー」が用いられているようだ。そのうち日本もハッピー・ホリデーに替わるのだろうか。いや替わるはずがない。たとえ全てのキリスト教国がハッピー・ホリデーに替わろうとも、日本にはメリー・クリスマスが残るに違いない。それが日本人気質というものだ。
23日 12月 2014
自分は2つの誕生日を持っている。だがこの世に二回生まれたという訳ではない。小学校を卒業するまでの誕生日は12月18日だった。中学校に入学するため北海道から取り寄せた戸籍謄本には、何と12月23日と記載され「この内容に相違ありません」という但し書きと町長の証明印が付いていた。でも明らかに役所の記載ミスなのだ。父に執拗に訂正を依頼したが願いは叶えられなかった。我が家は品川に住んでいたが、終戦間近は空襲が激しくなり北海道に疎開した。終戦を迎え品川に戻ったが、戸籍は北海道に置いたままだった。当時は皆貧しくて生きて行くことに精一杯だったので、父が品川から北海道へ交渉する時間的余裕など無かったのだろう。そして泣く泣く12月23日を了承した。しかし大人になるまで23日には馴染めなかった。ところが良いこともある。12月18日は射手座で12月23日は山羊座だ。星占いを見る時は、両方を見て吉の方を取ることにした。占いが吉であれば世の中が明るく見える。まさに2つの誕生日を持つ者の特権だ。更に昭和が終わってから12月23日は旗日になった。この日は日本中の人々が自分の誕生日を祝ってくれていると勝手に解釈することにした。かくして、還暦を過ぎてからやっと12月23日にも馴染んできた。
22日 12月 2014
明日は68回目の誕生日。クリスマス・イブの向こうを張った訳ではないが、バースディ・イブをカミサンに祝してもらい近所の寿司屋に行ってきた。近所とは言っても、Web評価は高くお値段も高い。勿論それ相応に味は抜群で満足度は極めて高い。寿司屋の席はカウンターに限る。寿司屋の大将と差し向かいで、薀蓄を聞きながらの料理は食が進むし酒も進む。ほどよく酔いが回る頃には、初めて会った隣の客とも会話が弾み、十年来の知り合いのような気持ちになった。タネ良し、腕良し、味良し、酒良し、人良し、雰囲気良しの良し良し尽くしのバースディ・イブだった。誕生日当日に「おめでとう」と言われるのも悪くはないが、前日にセレモニーをした方が、心の区切りが良さそうだ。今日で67歳は終わりだ、明日から68歳が始まるぞ、という気持ちになる。イブも捨てたもんじゃない。

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