恩師の仕事

お葬式に参列する事は好きではない。親族かとてもお世話になった人か極めて親しい人以外はパスするようにしている。でも亡くなった人を軽く見ている訳ではない。葬儀に出る事だけが、故人を忍ぶことではない。心の中ではその人を思い出し自宅でひっそりとご冥福を祈るようにしている。訃報を受け、大学時代の恩師のお通夜に行ってきた。大学4年のゼミと2年間の大学院でご指導を戴いた。オマケに仲人までしていただいた。とてもお世話になった先生だ。「超」が付くほど真摯な研究者で、超裏表のない透明感のある人物で、少し頑固だった。学生時代の成績で、ただ一つだけ「可」を喰らった単位がある。それが先生の物理化学だった。学生に容赦をしない先生だった。自分は化学専攻だったが、薬品を反応させる化学実験は好きではなかった。一方化学は物質の本質に迫る学問だと信じていた。だから化学実験の少ない物理化学研究室を選んだ。今でもこの選択はベストだったと思っている。斎場に到着すると、懐かしい顔が並んでいる。もう50年近く前の付き合いだから誰も忘れているに違いないと思っていた。入口には当時の助教授がいた。目礼をしたが、助教授は自分が誰だか分からない。でも一言しゃべると「あっ、○○君だね」と思い出したようだ。年を取ると、顔よりも声で昔を思い出すようだ。ご焼香が終わり、昔の助教授、助手、先輩、後輩と現在の若い研究室長が集まり、昔話や現況報告で盛り上がった。恩師は亡くなっても、人を結びつける仕事をしているのだなと思いながら帰途に着いた。