阿久津8段は胸を張るべき

プロ棋士とコンピューターが競い合う将棋がある。3年前から始まった電王戦だ。ひと昔前は、将棋は複雑なので人間が絶対有利と言われていたが、コンピューターソフトの発展は目覚ましい。初回の米長永世棋聖が敗れて以来プロ側は3連敗している。ソフト有利の時代になっているのだ。ところが、今年は第5戦で阿久津8段が、たったの21手で相手を投了させてプロ側を勝利に導いた。プロ側勝利でお目出度いと言えばお目出度いのだが、問題もある。阿久津8段の相手はAWAKE。AWAKEは強いのだが弱点もあった。以前に指したアマ戦で、角を奪い取るハメ手が見つかっていた。阿久津8段はルールの中で貸し出されたソフトを検討し、このハメ手を選択した。勝ったものの阿久津は表情も暗く「人間相手には絶対ハメ手はやらないが、ルールの中でこの手が最善ということで選んだ」と言っている。既に知られているハメ手を使うのは、単なるソフトのやり手とか、プロの存在意義を脅かすとか、勝つために最善を尽くすのがプロだとかいう意見もあり喧々諤々だ。でも自分は阿久津8段の選択が正しかったと思う。プロ棋士同士の対決は、まず相手の手の内を知ることから始まる。相手の技量も弁えず自分の才能だけを信じて戦う棋士などいるはずがない。勝負とは、まず相手の弱点を探すことから始まる。相手がコンピューターソフトでも同じはずだ。ましてやプロ棋士は3年も連敗している。名誉を賭けて踏ん張る時でもある。ハメ手は兎も角阿久津8段が勝ったことは、コンピューターソフトに今一段の進歩を命じたとも受け取れる。勝負事は互いに切磋琢磨することこそ高みに登る。阿久津は胸を張るべきだ。