カテゴリ:201305



31日 5月 2013
ワシントン条約締約国会議でサメを国際的な取引規制の対象とすることが決定されたが、日本政府は規制の受け入れの拒否を申し立てるとのこと。フカヒレ業界の保護が目的なのだろう。クロマグロもうなぎも世界的に激減している。これらは全て日本の乱獲によるものと推定されている。一方日本は世界トップの魚介消費国だ。資源は有限。このまま乱獲を放置し続ければ獲るものも獲れなくなって、自分の首を絞めてしまうのは火を見るよりも明らかだ。日本は世界トップの魚介消費国だからこそ、本来は乱獲を規制するサイドの旗振り役であらねばならぬはずだ。フカヒレのためワシントン条約のサメを留保するなどという行為は、どのような発想から生まれてくるのか全く理解が出来ない。どうやら日本の政治家と官僚は、中国の中華思想という自己中病に感染してしまっているようだ。
30日 5月 2013
中央防災会議が「南海トラフ巨大地震について確度の高い地震予測は難しい」と発表した。今まで国内で唯一予知可能と言われていた東海地震も確実には予知出来ないとのこと。マスコミは「なんだ予知が出来ないのか」という論調なので、予知技術が萎んでしまいそうな状況だ。これはマスコミのミスリードと言える。中央防災会議が言う「確度の高い予測」とはほぼ100%という確率を指している。今時、明日の天気予報でも100%当たることなど奇跡に近い。だから天気予報は降雨確率を使っている。そもそも地震学者に初めから100%の予知確率を求める方が間違っている。地震予知も予知確率に変更すべきだと思う。地震予知の方法は、ナマズから始まり、ねむの木、地震雲、電波、GPS、歪み計等々色々ある。一説に拘らず諸説について予知確率と実績を検証し、地震予知技術を深めていくべきだ。ナマズを笑う地震学者は、ナマズに笑わられることになるかもしれない。
29日 5月 2013
原発のニュースが華盛りだ。余りにも杜撰な東海村の放射能漏洩被曝事故に対し、規制委員会は安全欠如の観点でレベル1という落第点を付けた。実質に変わりはないが双葉町は警戒区域が解除された。文科省はもんじゅや原研を所轄する原子力機構をダメ組織と認定せざるを得なくなり改革本部なるものを設置した。原発事故の被害者にはたったの3年の時効しか適用されないことを変えるため参院が特例法を可決した。そして超珍しいことに経産省は放射性廃棄物の処分地選定について何点かの反省点を示したが、その心は国の責任を県や市町村に押し付けたもので、責任回避としか思えない。環境省は言うにも値しない。一見すると原子力行政が真面な方向に進み出したかのようにも見えるが全く違う。これらは原子力を従来通り推進し、目先の災いを通り過ごさせるための戦術案に過ぎない小手先の行動だ。本丸は、原子力サイクルが非現実的なものであることを認識することに尽きる。破綻した原子力サイクルを維持しようとする勢力は、過去の遺産の垢に過ぎない。垢を助長してきた自民党が、その垢を覆い隠そうとしている。そういうふうにしか見えない。アベノミクスに浸っていれば原発再稼働が良いというものでは決してないということは明らかだろうと思う。
28日 5月 2013
今年度の交通安全白書によると、交通事故死者数が12年連続で減少し4411人になったとのこと。十数年前は1万人以上だった。人口が1億だから年間で1万人に1人が亡くなるほど多いと言われていた。10年間で半減するほど劇的に改善された例は珍しい。何故劇的に減少したのかを考えてみることは他への波及という点からも価値があると思う。色々な要因が重なっているとは思うが、東名高速での痛ましい事故で子供を亡くした母親が、再発しないよう訴え続けたことが発端になっているような気がする。その訴えが飲酒運転の罰則強化に繋がり、危険運転致死傷罪の施行に至っているのだろう。罰則次第で行動は変わるということなのだろう。見方を変えれば一人の母親の悲しみと執念が何万人もの命を救ったとも言えるし国の文化を変えたとも言える。事故死亡者の半分は65歳以上の高齢者で、その半分が歩行中の事故で4分の1が運転中とのこと。自分は今年67歳になる。くれぐれも半分には入らぬようボケない生活を心掛けるしかあるまい。
27日 5月 2013
都の道路計画を問う小平市の住民投票が行われたが、投票率35%で成立要件の50%に届かず、不成立に終わり開票もされなかった。ことの発端は50年前の東京都道路計画について2009年に予算がついて実施される見通しになったこと。計画部分は玉川上水や雑木林があり、自然を破壊するなと一部の住民が反対している。但しこの計画部分以外は既に完成しており、計画が実施されれば交通はスムーズになる。反対住民は7千筆以上の署名を集め住民投票の制定を請求。議会は、住民投票の市条例案を可決したが、市長が投票率50%以上の成立要件と不成立の場合は開票しない条件を付けた。ちなみに4月に市長選が行われ、投票率37%で市長の得票率62%だから、全有権者の22%が市長に票を入れ市長になったことになる。この騒動で腑に落ちないことが二つある。一つは、22%の支持者しかいな市長が何故住民投票のハードルを50%などと異常に高い数値を設定出来るのか。どう考えても理解が出来ない。もう一つは、何故不成立の場合は開票しないのか。投票した人が全て反対したとは限らない。真摯に市民の声を聞くには開票が必要で、市民もその内容に興味を持っているはずだ。小平市長は革新系左翼であるのに、市民を上から抑え付けようとしている構図が滑稽だ。
26日 5月 2013
インテルの科学コンテストで、携帯のバッテリーをたったの30秒で充電出来る装置を開発した高校生が入賞したとのこと。このスーパーコンデンサーは僅か2.5cmの大きさで自動車の高速充電にも利用出来るらしい。どのようなものを開発したのか今のところ詳細は分からない。以前このブログで2011年6月15日に書いた電気自動車の高速充電を思い出す。多数のコンデンサーを同時に用いれば数分で充電出来るというものだった。その後実用化されたのだろうか、気になるところだ。インテルのコンテスト入賞作の詳細は分からないが、推測するに電気二重層コンデンサーを直列か並列にして用いたものではないかと思う。この種の発明は、新規性には乏しいが実用性は高い。だがこの発明は最優秀賞は得られなかった。一般的に科学者や一流企業は、新規性に拘り過ぎているように見える。しかし新規性だけが重要な訳ではない。実生活で便利なものは実用性だ。実用性のステイタスをもっと上げるべきだと思う。コロンブスの卵をもっともっと尊重するようになれば世の中はもっと快適になるはずだ。
25日 5月 2013
山形のベンチャーが人工的に合成したクモの糸の繊維を量産する技術を世界で初めて確立したと発表した。クモの糸は強度が鋼鉄以上で伸縮性はナイロンを上回るらしい。将来はカーボンファイバー以上の性能を発揮することになるのかもしれない。微生物の遺伝子組み換え技術で、クモの糸を構成するタンパク質「フィブロイン」を短時間で大量に合成することに成功したとのこと。これはこれで科学技術として素晴らしい成果だと思うが、クモの糸というと芥川の「蜘蛛の糸」を思い出す。地獄から極楽への蜘蛛の糸をカンダタが登り始めたら、多くの罪人が後を追ってきて糸が切れそうなので、来るなと言った途端に糸が切れて地獄へ真っ逆さまという物語。小松左京はパロディで、カンダタが登ってきってしまったのでお釈迦様が驚いて地獄に落ちてしまい、お釈迦様が蜘蛛の糸を登り始めるがカンダタと同じ言動をしたため再び地獄へ落ちてい行く、という話を書いている。森達也は「王様は裸と言った子供はその後どうなったか:集英社新書」で、お釈迦様が蜘蛛の糸を止めるのを忘れたため、次々と罪人たちが極楽に登ってきて地獄が空になり、活気のある極楽になった、という話を書いている。どちらも糸の強度が弱いことを前提にしている。ところが、このベンチャー技術が実用化されれば話は変わってくる。前々から童話や寓話のその後を書いてみたいと思っていた。近いうちに近代技術をベースにして名作のパロディを書いてみたいと思う。
24日 5月 2013
松山には、大街道と銀天街という二つの大きなアーケードの商店街がある。東京や地方のアーケードは人と自転車が入り乱れ、事故が日常茶飯に起きるのが当たり前の危険地帯だ。ところが、この松山のアーケードでは、自転車に乗っている人は皆無だった。自転車の人は降りて手で押しながら歩いている。良く見ると所々に「下りてください」と書いたプラカードを持ったオバサンが立っている。しかしオバサンが注意する現場を見ることは無かった。自転車マナーが市民に徹底して浸み込んでいる。市民が自立していることに感心し宿に戻った。テレビニュースでは、ベビーカーの迷惑乗車のため全国統一ルールを作ると太田国交相が息巻いている。太田は一体何を考えているのかと、蔑む気持ちが湧いてきた。この種のルールは法律で規制するようなものではない。国交省がマスコミを通して呼びかければ済む。ましてや大臣が先頭に立って旗を振る類ではない。上から抑え付けるのではなく、利用者同士が互いを気遣うよう仕向けることが、国民を大切と思う施政者側の本道だ。国交相にはもっと大事なやるべき事が山積している。平和ボケの太田には、幹も葉っぱも区別がつかないようだ。公明の天下も永くはあるまい。
23日 5月 2013
しまなみ海道は、村上水軍の本拠地と言うことだけあって、行く島行く島で村上という名の看板がやけに目に付いた。1日目は広島県因島のナティーク城山というオーベルジュに宿泊した。因島の南端にあり向いには愛媛県の生名島がある。余談だがイクナ島と呼ぶのかと思ったらそうではなくイキナ島と言うらしい。「行くな」島ではなく「行きな」島。漢字は同じでも意味が正反対になるところが面白かった。日立造船の入口の傍の小高い4階の高さ位の岩の上に館っている。ユニークというか異様な景色だ。昔は村上水軍の出城になっていたらしい。その後日立造船がその場所に迎賓館を築いて使っていたが、今は隣の島の瀬戸田の会社が買取り、迎賓館の面影を残しながら海に浮かぶ船をイメージして建て替えたとのこと。内装が凝っている、と言うか品がある。従業員も良く教育されていて接客が心地よい。もっと驚くのは料理だ。オーベルジュと名乗るホテルは数々あるが、ナティーク城山はオーベルジュですと名乗っても憚らない充分美味しくて洗練された料理を提供している。更に驚くのはリーゾナブルな宿泊料、廉い。勿論料理も部屋も十分堪能した。だがここは何かが違う。何かは分からないが特別な空間であることは間違いない。こういう場所をパワースポットと言うのだろう。多分昔の村上水軍もそれを感じたに違いない。生まれて初めてパワースポットらしきものを経験した。皆さんお試しあれ。
23日 5月 2013
広島空港から松山までの140Kmをドライブしてきた。道はガラガラで快適なドライブだった。2泊3日の旅だったが、天気に恵まれ、晴れて風もなく、敢えて言えば少し暑かったくらいだ。特に瀬戸内海は油を流したような波のない海に大小の多くの島が浮かんでいて、まるで水彩画を見ているような美しさだった。瀬戸内海には約3千の島があるらしい。一度くらいは誰もいない小さな島で釣り三昧に耽ってみたいとも思ってみた。大きな街としては、尾道、今治そして松山を訪ねた。行く前の予想は、尾道は文学者も多く風光明媚で趣のある街だと思っていた。そして今治と松山は四国の悪いイメージが強く、過疎化が進んで取り残された活気のない街だと思っていた。ところが想像は見事に裏切られた。今治はタオルだけでなく造船業も盛んで街としての活気があった。松山は昔の子規と漱石に縋っているだけでなく、街中が俳句と坊っちゃんに力を入れて新境地を開きつつあり、海外にもしっかり発信し外人をも取り込もうとしている。まさに街全体として街を盛り上げる努力をしていることが肌で感じられた。もう間違いなく今治と松山は「自前で食っていける街」になりそうだ。一方尾道には問題が多い。文人の住処と寺という過去の遺産がある、ということだけに頼って新しい価値を産み出す努力をしていない。敢えて言えば、尾道ラーメンやテッパンはある。だがそれだけでは街は成りゆかない。過去の遺産があります、と言うだけでは人は集まらない。人を集めよう、街を発展させようという真摯な努力が、人の心を捕えて求心力を作るのだと思う。尾道市長と市民は重要な任務を担っている。

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