傲慢さと傲り

衆院選で自民が大勝し、安倍首相も菅官房長官も、話の初めに必ず「謙虚に丁寧に」を枕詞に使っている。「モリカケよ去れ」という念仏に聞こえてくる。でも舌の先も乾く間もなく、大勝に酔って傲慢さと傲りがもう顔を出だしたようだ。一つは特別国会の会期だ。自民は8日間を提案しているが、野党はもっと長い期間を要求している。モリカケ問題で国会本来の議題は長いこと議論もされていない状態が続いている。それを補う意味でも、自民は野党の提案を受け入れるべきだと思う。自民の8日間とは、モリカケの禊ぎは済んだという傲慢さの現れとしか映らない。決して丁寧な国会運営ではない。もう一つは、国会質問時間の与党/野党の時間配分だ。従来与党/野党の配分は、2/8で行われるのが慣習だったが、自民は7/3を要求し始めた。根拠は議席数で配分すべきという。だが、その理屈は間違っている。結果として保守が3分の2以上の議席を獲得したが、それは偶々小選挙区制という特殊事情によるよるものだ。国民の意見を真に反映している獲得投票数でみれば、自民は3分の1しか無い。配分は3/7が妥当なところだ。時の権力の傲慢さを防止するには、例えば、時間配分は獲得投票数比とするなどのルール作りが必要だ。謙虚さとか丁寧さとかは、言葉で言うものではなく、態度や行動で示すものだ。言葉で言うほど怪しく見えてくる。