一昨日の四十九日の続き

仏教では、人は亡くなってから49日間裁判を受けて転生が決まり、霊から仏になって骨はお墓に入る。即ち殆どの人々は、49日後に転生が始まることになる。と言うことは、お墓には骨が納められるだけで、転生した仏は入っていないということになる。日本のお墓の中には、先祖や父母の仏はいないのだ。お墓はモニュメントであり、モニュメントを通して亡き人々を思い馳せるものなのだ。和尚さんが言っていた。お墓に水を掛けるのは、死に水と同じで、死者のよみがえりを願う儀式とのこと。では、海外ではどうだろう。9.11の犠牲者を偲んで「千の風になってDo not stand at my grave and weep」が歌われた。その詩には「私のお墓の前で泣かないでください そこに私はいません 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています」とある。キリスト教が主流の米国においても、亡くなった人はお墓の中にはいないのだ。自分の父や母が亡くなった30年前ころは、お墓の中に魂はいると思っていた。だが、義母の葬儀を通して77歳にしてお墓の存在意義を知った次第。