永遠にあり得ないこと

新型コロナウイルスは国難というのに、重症者の定義が東京都と国では違うことが問題になっている。厚労省が4月下旬に出した通知では①集中治療室で治療②人工呼吸器を使用③ECMOを使用のいずれかに当てはまる場合を重症者と定義し、国への報告を求めていた。ところが、都は集中治療室の患者を重症者に入れず報告していたという。都は医療専門家の「集中治療室の治療=重症者とは限らない」という意見を尊重して外したと言うが、これがそもそものミスジャッジだと思う。新型コロナウイルス対策で重要なことは、感染者数ではなく重症者と死者の数の増減だ。「重症者とは限らない」と再定義することは、コロナ重症者を軽く見積もることになる。今の状況ではあってはならない事と断言出来る。一方、和歌山県では逆のことが起きている。仁坂和歌山県知事は、東京都とは真逆に、人工呼吸器に一歩手前の酸素投与の患者も重症者にカウントしていた。国の定義より多めにカウントしたということだ。この考えが功を奏した。事実和歌山県ではコロナが抑えられている。実態に即して、如何に対処するかの素晴らしい典型例だと思う。重症者のカウントを多めに見るか、少なめに見るかで、知事の姿勢がコロナに対して前向きか後ろ向きかが分かるし、都県民をどう思いやるかを現している。目を広げると国も都も大阪も、定義はバラバラだ。一体誰が統一するのだろうか。残念ながらその機会は永久に無さそうだ。残念としか言い様がない。残念、残念、残念。