カリスマという幻想

山根日本ボクシング連盟会長の助成金不正使用が取り沙汰され吊し上げにあっている。日大アメフトのタックル暴行事件では内田前監督の懲戒解雇が決まり、日大第三者委員会では田中理事長の職務怠慢が言及された。安倍首相もモリカケ疑惑で追及されている。カリスマという存在は厄介だ。権力が及ぶ範疇では絶大な権力を行使する。その村に住む者は口が裂けても批判は出来ない。だからこそカリスマなのだ。経営者でも同じ。嘗て桜井はリコーの中興の祖と言われたが、今では戦犯扱いだ。日本電産の永守会長は隆盛を誇っているが、この先如何に評価されるか分からない。でも、この風潮は決して「魔女狩り」ではない。カリスマという幻想に目覚めた時代であると言えるのだろう。また「窮鼠猫を噛む」ということでもない。謂わば「パンドラの箱」を開けてしまったということだろう。「パンドラの箱」が開くとシッチャカメッチャカになるという。でも、それは間違い。一時的に混乱を期すことにはなるが、一つひとつを精査していけば、その先には明るく清い世界が待っている。自分は、そう確信している。