戦後70年目の分かれ道

翁長沖縄県知事が、辺野古埋立て取り消しに対し国交相の出した是正勧告に従わないと発表した。今後国交相が是正指示を出しても従わないと言っているので、裁判所に持ち込まれることになる。国と沖縄県知事は、何処まで行っても平行線のようだ。果たして落とし所はあるのだろうか。拗れたまま進めば互いに遺恨が残るだけだ。先月末の日経に仲井真前沖縄県知事のインタビュー記事が載っていた。コメントを要約すると「沖縄の負担を減らしてほしいという思いは県民誰しも同じ。現実的な普天間の危険を取り去ることが首長としてまずやるべき事。実現性が高く最も早く除けるのは辺野古だ。現実的なものに手を付けず反対を押し通すのは政治家ではなく、市民運動だ。知事が市民運動のリーダーシップをとるのは行政の責任を放棄したのと同じ。安全保障の問題を最終的に決めるのは政府だ」と言っている。全く仰る通りだと思う。しかし翁長は辺野古撤回に固持したままだ。そこで思う。前向きな落とし所を。翁長は、日米地位協定の抜本的改正に的を絞ったら良いのではないかと思う。日本人が抱く日米地位協定の問題点は、色々あるだろうがポイントは一つ。「日本国内の米軍基地内の事件は、優先的に米国の法律で裁く」ということだ。つまり沖縄の多くの場所も本土も治外法権になっている。戦後70年が過ぎた。今更駐留軍でもあるまい。この際、地位協定を抜本的に改正し「日本国内の事件は国内法で裁く」と政府は米国に交渉すべきだと思う。上手くいけば、翁長は「名実的な独立の父」になるかも知れない。でも、翁長は、沖縄を思っているのだろうか、はたまた日本を思っているのだろうか、それが分かれ道だ。